第2話  ノ、ノーカウント……

「まぁ、とりあえず上がってくれ」

「はい、お邪魔します……」


 あの後、裏世界からいつの間にか表、現実へと戻ってきた。

 行くときも急で帰るときも急、これこそ摩訶不思議というのだろう。

 そのあと、詳しく話を聞きたいのもあるがボロボロの小さな女の子をそのままにしておくわけにはいかず自分の家へと招いたのだ。


「ここが主様のお住まいなのですね……一緒に暮らしている方はいらっしゃらないのですか? その、私の正体がアレですので」

「あぁ、別に両親とも海外勤務だからここでは一人暮らしだから大丈夫だぞ。今日ほど一人暮らしでよかったと思ったことはないわ」


 もしここに両親がいたら絶対に面倒になるのは目に見えていた。

 というか今日起きたことをどうやっても自分じゃ説明する自信なんてなかった。


「えと、それで主様……」

「うん、ちょっと待とうか」


 紅葉くれはの言葉を遮るように静止する。


「いかがされましたか? 主様?」

「その主様って何なの?」

「見ず知らずの私を助ける慈愛と強さを持った益荒男、主と呼んで差し支えないかと」


 鼻息をふんすといわせながらそう答える紅葉くれは、その様子はかわいいがそう呼んでいいかどうかは別である。


紅葉くれは……様は神様なんだ、ですよね?」


 なれない敬語のせいか言葉がうまく紡げずしどろもどろになってしまう。


「はい、ですが主様がそんなかしこまる必要ございません。どうか楽なようにしてください」

「あ、ほんと? じゃあそうさせてもらうけど主様は勘弁してくれない?」

「そ、そんな……紅葉くれははいらないでございますか?」


 紅葉くれははショックでびくりと体を震わせるとそのままうつ向いてしまう。

 心なしか小型犬が落ち込んでいるイメージが頭に浮かび心が痛い。


「ち、ちがうちがう! 俺そんな大層な人間じゃない普通な感じだし、そう呼ばれると紅葉くれはが俺の下みたいな感じがして嫌なんだよ」

「実際にそうでございますよ……?」


 紅葉くれはは自分が下であるという言葉を疑わない様子でそう答える。

 これはよくない。

 この子には自己肯定も自信もほとんどないように見える。

 いったいどういう扱いを受ければこんな子になるのかと思ったが、すぐにろくでもない扱いを受けていたのだろうという答えが自分の中で出る。

 頭に血が上りかけるが紅葉くれはと目が合いすぐに気を静める。


紅葉くれは! よく聞け!」

「ひゃぅ! あ、主様?」


 紅葉くれはの両手を包み込むようにつかんで目線を合わせながら自分は口を開いた。


「お前はすげぇやつだよ、だからじぶんを卑下するな」

「な、なにを? それにわたしはすごくなんか……」

「いや! お前はすごい奴だ」


 ゆっくりと力強く諭すように言葉を紡いでいく。


「お前は初対面の自分を助けてくれた俺をすごいと言っていたが、それはお前もだろ? お前も最初からずっと俺の心配ばっかりして最後まで自分のことを顧みらなかった」

「そ、それは……」

「お前は優しくて、そしてすげぇ強い奴だ。 そんなお前だったから俺も最後まで踏ん張れたんだ」


 この言葉に嘘偽りなんかなかった。

 紅葉くれはが最後まで此方の心配してくれたからこそ勇気が湧いてきて踏ん張れたのだ。

 よくみると紅葉くれはの顔がかすかに高揚して赤くなっていた。


「それにお前、神様なんだろ? 神様ならもっとどっしり構えたらいいんだよ」

「わ、わかりました。 主様……いえ、こう様」

「ん~~もう一声!」

「え、ええ!? えと、その……こう………さん?」


 紅葉くれはの顔は先ほどのうっすらとした赤色と違い、一目見ただけでわかるほど赤くなっていた。

 見ている分にはかわいいがこれ以上は紅葉くれはが持ちそうにないので手を離す。


「いいね、バッチリだ。 それで何から聞こうかな……」


 正直、聞きたいことがありすぎてなにを聞けばいいのかわからない。

 そうして悩んでいると紅葉くれはが気を利かせてくれる。


「でしたら私が説明いたしますので何かご不明な点があればご質問なさってください」

「あっはい」


 紅葉くれははわざとらしく一つ咳ばらいをすると話を始めた。


「あらためて自己紹介をします。 私の名は紅葉くれは、鬼神でございます」

「鬼神……その言っては何だが鬼神と聞くと力が強かったりするイメージがあるんだが……」

「お気遣いしなくても大丈夫です。実際に私は神としての力を持ち合わせていないのですから」

「神としての力? そんなの普通に持っていそうな感じがするんだが」


 自分の神としてのイメージが全知全能的な感じなのですごい違和感があった。


「神というのは長い時間の流れの中で神へと至るのです。あるものは長年生きた大木が山神として昇華したり、人々の信仰によって神が生まれることもあるのです」

「へー、じゃあ紅葉くれはも長い時間生きた神様なのかー」


 感心しながらそう言うと紅葉くれはは静かにくびを横に振った。


「私はどうやら父が鬼人、鬼と人の狭間にいるときに生まれたらしいのです。その後に父は鬼の神へと昇華したのですが私はその前に休眠していて……正直、生まれてからすぐに休眠したようなものなので何の力もないのです。目が覚めたのはここ最近なので経験らしいものも詰めず……逃げるだけでした」

「休眠……というのは?」

「すべての神がずっと活動できるわけではなく一定周期に人間のように眠る時期があるのです。神によっては数年から数百年眠る神もいます」

「か、神様も寝るのか……ん? さっきの話聞いてると休眠している間は神としての昇華ができないの?」

「はい、その通りなのですが……父が死に、その後に行き場を失った何かが生まれたのです」

「何かってなんなんだ?」

「わかりません、ただその何かは行き場を失い、そして休眠状態の私の中に入り込み私は神へと昇華されてしまったのです」


 正直、荒唐無稽こうとうむけいな話だが自分はその話を信じざる得ない状況を見て、経験しているので信じるほかない。

 それにこの子を疑う真似はしたくなかった。


「それで、えーと代理人とかあの拳は一体?」


 その質問をした瞬間、紅葉くれはは顔がまた赤くなりさらには挙動不審になってしまう。


「そ、そのアレには理由がありまして、えと、その……あぅ」

「どうかした?」

「も、申し訳御座いません! あの様な状況とはいえ、そ、その接吻を急にしてしまうだなんて……」


 イカン、思い出した、いや、思い出してしまった。

 自分からした訳ではないが子供とキスしてしまったなんて普通に社会的死である。

 急いで誤魔化さなければならない。


紅葉くれは大丈夫だ! あれはいわゆる緊急事態! 人工呼吸器みたいなものだからノーカン! ノーカウントなんだよ!」


 紅葉くれはは目をパチクリしながらこちらを見つめてくる。

 心なしか紅葉くれはの目が涙で潤んでいる気がする。


「…………ノーカウントなので御座いますか?」


 紅葉くれはの突然の問いかけについ変な声を短く上げてしまう。

 コレはどう答えるのが正解なのだろうか?

 この娘はなんの答えを期待しているんだ。


「えーやっぱりノーカン……」


 自分の言葉を言い切り終える前に紅葉はショックを受けた様子で泣きそうになる。

 その様子に慌てて別の言葉を口にする。


「いや、緊急時とは言えやっちゃたんだからカウント……」


 またもや言い切るまでに紅葉くれはの様子が変わる。

 今度は頬をぷっくりと膨らませて、顔を赤くしながらうつむいてしまった。

 一体どういう感情が出たらそんな風になるのか自分にはわからなかった。

 YESかNOか、二つに一つ、どちらを選べばいいのか分からないので最終手段に出ることにする。


紅葉くれは、お前の好きに捉えてくれてもいいんだ。 人間ですら好き勝手物事を捉えたりしてるんだから神様のお前も好きにして見ろよ。俺はお前のどんな選択肢でも受け入れるからさ」


 最終的に出した答えは丸投げ! 紅葉くれはに任せるという第3の選択肢。

 恐る恐る紅葉くれはの様子を伺うためにチラリと覗いた。


「しょ、しょうですか……そうでふね、好きに捉えましゅ」


 今にも湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしながらそう答える紅葉くれは

 感情が昂ってるせいか舌が回っていない。

 しかし、紅葉くれははどういう風に捉えたのだろうか。

 ノーカウントか、それとも……。

 自分にはそれを聞き出す度胸は無かった。

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