第3話 浮気

 俺と彼は前と同じように仕事の時は昼飯を一緒に食っていた。あまりにいつも一緒だから、俺たちはできてると噂になったくらいだった。彼の獣姦趣味がばれるくらいなら、俺が犠牲になってもかまわない。それほど、彼には同情を禁じえなかった。あんな生育環境だったら、心を病んでしまうだろうが、彼は取り敢えず会社にも行って、社会的には立派な人になっているんだから、犬が奥さんでもいいと思う。


 俺は、時々、彼の家に遊びに行って、ワイフにも会っていた。彼らは相変わらず仲睦まじかった。ワイフは監禁状態で、ライバルがいないということも功を奏していただろう。犬にパートナーを選ぶ自由があるなら、彼はチワワにさえ負けるだろう。


 そう考えると獣姦というのは、人間のエゴが生み出した一方通行の愛と言える。いや・・・雄だったら、まんざらでもないのかもしれないけど・・・雌はどうなんだろう。犬の感想を聞けないから、やっぱりわからない。


 俺は夜遅く、一人の部屋に帰ると、犬でもいた方がいいのかと思う時もあった。人生に疲れた時は、ステファンのワイフみたいに物言わぬ恋人が欲しくなることもあった。


 ***


 これは後から聞いた話だけど、この夫婦の間には、その後、衝撃的な出来事があったそうだ。犬ならではかもしれない。


 ステファンは休日に犬を散歩に連れて行ったそうだ。広い公園があって芝生があるとこだとか。前からそこがお気に入りで、ステファンは芝生に寝そべって本を読む。その傍らにはマギーが寄り添うように寝ている。平和そのものだ。その日、ステファンは、ついうとうとして寝てしまったらしい。


 耳元でガサガサやっている音で目が覚めた。きっとマギーが草でも食べているんだろうと思ったけど、知らない犬がクンクン言っているから慌てて起き上がった。ステファンは、マギーを見て悲鳴を上げた。


 目の前には、他の犬とお尻を合わせて繋がった状態のマギーがいたそうだ。相手は警察犬で有名なジャーマンシェパード。ステファンは叫び続けた。


「マギー!なんてことを!離れろ!」


 犬っていうのはマウントした後で、アレが刺さった状態で、お尻を向け合って、雌犬の体内に精子を放出する。その時は抜けないように性器についているボールが大きくなるらしい。ここまでのプロセスにかなりの時間がかかるけど、ステファンは寝ていたから気が付かなかったんだ。


 引き離そうとしたけど、二頭は離れない。ステファンはカッとなって、浮気者の妻を思いきり蹴ってしまった。それでも、やめようとしないから、ステファンは妻を何度も、蹴って蹴って蹴りまくったそうだ。


 最後は立っていられないほどに、最後ぐったりしてしまった。その間、ジャーマンシェパードはステファンに噛みつこうとしたけど、後ろに雌犬がつながっているから上手くいかなかった。


 ステファンは弱ったマギーを何度も踏みつけて、暴力をふるい続けた。マギーは一切抵抗しなかったとか。口から血を流して、腹からは腸がはみ出していた。ジャーマンシェパードはやることをやったら、さっさと逃げて行った。それを見ていた人が犬を助けようと110番通報して、ステファンは警察に捕まったけど、マギーはもう死んでいたそうだ。この件があったのは『動物の愛護及び管理に関する法律』の罰則が強化される前だし、欧米系の外国人だから不起訴になったみたいだ。


 彼はしばらく仕事を休んでいて、俺が心配して連絡したら『マギーが亡くなった』と知らされた。俺は深く同情した。あれほど愛していて、その人を失ったら彼はまた後を追おうとするんじゃないかって心配だった・・・。


 でも、意外なことに、彼は復職してまた働き始めた。すっかりやつれていて、人と目を合せなくなっていた。すごく落ち込んでいて、仕事でもミスがあったりして、首になるんじゃないかと心配になるくらいだった。


「急だったけど、マギー病気だったの?」俺が尋ねると、彼は妻の不貞が許せなくて殺してしまったと告白した。気持ちはわからないでもないけど、犬だって後ろからホールドされたら逃げられなかったんじゃないかと俺は言った。

「その時は、そこまで頭が働かなくて・・・」

 彼は泣き出した。

「でも、目の前で妻の不貞をみたらショックだよね・・・」

 俺は話を合わせた。目の前で妻が侵されて、旦那に見つかっても離れようとしないんだったら、さすがに怒るだろう。

「僕はどうにかしてたんだ・・・マギーを手放せばよかっただけなのに・・・」

「俺もそんなことがあったら許せないと思う・・・」

 俺が彼の立場だったら、もうマギーを受け入れられないだろう。ジャーマンシェパードに誘惑に負けたのか、それとも、、、無理やりだったのか。それでも、マギーは雄犬の方がよかっただろうと思う。


「僕はもう生きている資格なんかない」

「そんなことないよ・・・マギーにも原因があったんだから」俺は慰めた。「君は真面目過ぎるよ」

「どうやって罪を償ったらいいかわからない・・・」

 彼は泣き崩れた。


 ***


 それから一月後くらいに、彼は言った。


「僕、もう去勢してしまおうと思うんだよ。c*ckもボールも取ってしまうつもり。僕の欲望のせいで彼女を不幸にしてしまったから、これからは僕が一切の快感を得られないようにしたいと思う」

「ダメだよそんなの・・・性犯罪者だって、去勢なんかされてないのに、君がそこまでする必要はないよ。やめなよ!君は自分で自分の尊厳を傷つけてるんだよ」

 俺は必死に説得した。性的な快楽は人間の最後の砦だ。それを自ら奪うことは、創造主に対する冒とくではないかと俺は思う。

 




 





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