第2話 犬のワイフ

 ステファンの家は広めの1LDKのマンションだった。外人が多く住んでいる所らしい。家賃は多分・・・30万くらいだった気がする。会社が出していた。海外の家の広さと同じくらいで、さらに会社からも近い所を借りてくれるから、結果的にものすごく高い部屋になってしまうんだ。俺の千代田区の1Kのマンションなんんてお話にならない。


 俺は緊張していた。ゲイの部屋に一人で行くのと同じくらい、身の危険を感じていた。ゲイの人には申し訳ないけど、男は誰もがそう思ってしまうんじゃないかと思う。


 行ったのは土曜日の昼。彼がランチを作ってくれるということだった。俺は外人がいっぱい住んでいる高級マンションに行けて、その点ではワクワクしていた。


 玄関を開けると、彼が出迎えてくれた。私服を初めてみたけど、びっくりするほどダサかった。オタクっぽいチェックのシャツで、銀縁の眼鏡をかけていた。普段はコンタクトだったらしい。俺はようやく気が付いた。これが彼の真の姿なんだ。彼の王子様風の外見に惹かれて好きになった女性はがっかりするだろう。


「すごいマンションだね」

 俺はわざと明るく言った。

「家賃だけは高いよね」

 奥には広々したリビングが広がっていた。

 俺を見つけると、金髪のワイフがフサフサした毛を揺らしながら近づいて来た。

「はじめまして。よろしく」

 俺は彼女に触っていいものか悩んだけど、取り敢えずハグした。

「名前まだ聞いてなかったね」

「マギーだよ」

「ああ、そう。よろしく。マギー」


 俺たちは飯を食って、談笑していた。彼はすごく料理が上手くて、色々作ってくれていた。犬と暮らすんじゃなくて、せめてゲイだったら、人間の彼氏に何か作ってあげたり、会話したりできたのにと残念に思った。彼は母親がアル中で家事を全然しなかったから、幼い頃から家のことを何もかもやっていたそうだ。父親はいるけど、無関心で何も手伝わない。夫婦関係は最悪。いつも罵り合っていたらしい。上に兄がいたようだけど、寮のある学校を見つけて来て、早い時期から家を出ていた。気の毒だけど、暗い話ばっかりでしんどくなって来た。彼が望むなら、俺が彼氏になってやってもいいと言う気分にまでなって来た。


 昼食後、俺たちはリビングに移った。隣とも離れていて、庭があったりして見晴らしがよかった。さすが、外人が好むマンションというだけあった。彼がソファーに座ると、マギーも隣に座った。すごく大人しくて、よくしつけられていた。賢くて人間みたいだ。彼はマギーを抱きしめて、何度も口にキスをしていた。犬も舌を出して主人の顔を舐める。ステファンは犬の歯茎や歯を舐めていた。それがちょっとやりすぎなんじゃないかと思うほどだった。


「君たちは恋人同士みたいだね」

 俺は冗談みたいに言った。

「当たり前だろ?だって、夫婦なんだから」

「夫婦って・・・まさか・・・獣姦してないよね?」

「俺たちは夫婦なんだよ?セックスするのは当たり前だろ?」

 そして、彼は言った。

「僕とマギーがセックスしてるビデオ見てみる?」


 その後、俺は友達と愛犬のセックスビデオを見せられた。俺は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けていた。彼は頭がおかしい人なんだろう。いくら親しいからと言ってすべてをさらけ出す必要はない。


「マギーは痛くないのかな?」

 俺は気の毒になって尋ねた。

「大丈夫だよ。この犬種だと交尾時のサイズは17~20cmだっていうから。もしかしたら、彼女は物足りないかもね」(*真偽不明)

 彼は笑っていた。

「あ、そう・・・」

 俺は妙に納得してしまった。


 実は、欧州では獣姦はポピュラーだ。1990年代にドイツで行われた調査によると、農村では14%の人が獣姦をしていると答えていたそうだ。さらに、それに近い行為は3%くらいの人が行っているそうだから、農村部に限ると約2割くらいは愛好者ということになる。だから、日本とは考えた方が違うんだろう。


 それに、デンマークには数年前まで、動物のいる売春宿があった。それ目当てに海外から観光客が押し寄せていたようだ。店にはウマ、ヤギ、イヌ、ウシがいたそうだが、近年の動物愛護の風潮の影響で禁止になった。


 興味ある人はいるだろうか。俺はないなと思う。無人島に流されたりしたら、そういう風になるかもしれないけど、普通の生活をしていたら動物に行くことはないだろう。


 しかし、彼が辿って来た過酷な人生を考えると、ステファンを責めることはできないし、犬が嫌がっているかどうかも本人に聞けないからわからない。こういう夫婦もいるんだろうと思うだけで、俺には特に言うことはなかった。

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