犬の女房
連喜
第1話 静かな同僚
*本作は獣姦について取り上げていますので、不快に思われる方も多いと思います。予めご了承ください。
前の会社に外人の同僚がいた。名前はステファン(仮名)。彼はヨーロッパの某国人。金髪に碧眼の王子様みたいな外見で、イケメン、しかも高収入。日本人女性にはすごくウケてた。全員じゃないけど、日本人は男女とも白人が大好き。女性の場合は、ハーフの子どもが産みたい、海外に住みたいという人も多いから、欧米から来た人にとっては入れ食い状態だ。今は違うかもしれないけど、前は本当にそうだった。
こういう人なら日本人とやりまくって遊び放題できるけど、その人は全然だった。
彼といると女性がモーションをかけて来るのがわかる。俺が代わりたいくらいだった。
彼は酒を全く飲まない男で、ベジタリアン。俺とはなぜか気が合った。
休憩時間を合わせて、よく一緒にランチに行っていた。飯を食っているだけで、若い女性がチラチラこちらを見ているのがわかる。オフィス街の高い店にいるし、金持ってそうに見えるんだろう。俺は、あの『日本人邪魔』と思われている気がして居づらかった。
彼は小食だったから、30代になっても全然太っていなかった。ジムにも通っていて、すごく健康的だった。
だけど、かなりゲイっぽかった。話し方もすごく優しくて、普通に喋っている時も睦言を囁いているような言い方だった。目が青くてすごくきれいで、いつも見とれてしまうんだけど、30代半ばに差し掛かってその美貌はやや衰えていたと思う。
でも、彼自身は自分の容貌をそれほど気にしていなかったようだ。日本人みたいに美容院に行ったり、眉毛描いたりして頑張らなくても、生まれつきのイケメンだったわけだ。
「君はモテモテなのに彼女作らないの?」俺は羨ましくて尋ねた。
「実はパートナーがいるんだ。誰にも話したことないけど」
「え?そうだったんだ」
俺はびっくりした。ずっといないと聞いていたし、何故隠すのかもわからなかった。
「ちょっと言いづらくて」
多分、ゲイなんだ。その程度なら俺は驚かない。
「実は・・・僕の奥さんは犬なんだよ」
「はぁ?」俺は聞き返した。
まあ、海外ニュースで動物と結婚したという話は珍しくない。俺だって幼稚園の頃好きだったのは、アニメキャラだったし。そんな気持ちを持ち続けてるピュアな人なんだろうと思った。
「なんだ、水臭いな。犬だっていいじゃないか。俺なんか独身だよ」
「イアン、犬は最高だよ。君にも勧めたいくらいだよ」
ちなみにイアンというのは俺の外人名。何となくつけてずっと使っている。
「あ、そうかなぁ・・・ちなみに奥さんはどんな種類の犬?」
彼は恥ずかしそうにスマホの写真を見せてくれた。ゴールデンリトリバーだった。金髪の彼にはお似合いだった。彼の腕にはキラキラとした腕毛が生えているし、彼自身もなんとなく獣っぽかった。白人には洋犬が似合う。さしずめ日本人の俺なら紀州犬なんかがお似合いなのかもしれない。
このまま結婚できなかったら、犬と老後を・・・なんていうのはむしろ現実的な選択だろう。
「君とワイフのなれそめは?」それほど興味はないが尋ねた。
「日本に来てから、ネットで見つけたブリーダーから譲ってもらったんだよ。まだ子犬だった」
「どうしてその子にしたの?」
「僕の一目ぼれかな・・・元々ゴールデンリトリバーが飼いたくて、探してて何匹も会って。あ、この子だって直感で思ったんだよ」
「ふうん。他の犬と何が違ったの?」
「人懐っこくて、僕にまっすぐに近付いて来てくれたんだ」
「なるほど・・・」
俺も犬を飼っていたけど、全然懐かなかったから、懐いてくれる犬はやっぱり可愛いだろうとと思う。飼っていて愛情が移ってしまい、いっそ奥さんに・・・というのもあるかもしれない。そうだ・・・間違いなく、人間よりも、犬の方が俺を心の底から愛してくれるだろう。犬は金持ちかイケメンかなんて気にしない。生まれたままの俺を愛してくれるはずだ。俺は単に出会えなかっただけで、俺に合う犬が絶対いるはずだ。
「前の恋人も犬だったんだけど、亡くなってしまって・・・その寂しさを乗り越えるために日本に来たんだよ」
「ああ・・・そんなつらい過去があったんだ。全然知らなかった」
「誰にも話したことないから・・・」
彼は涙ぐんだ。
俺が飼っていた、糞生意気な雄犬に対しては、俺はとてもこんな感情は抱けない。
「犬は寿命が短いからね。辛いよね。ワイフはいくつ?」
「今は3歳」
女盛りだ。俺は思った。あと10年は一緒にいられるんじゃないか。そしたら、50くらいかな。
「君は人間の女の子とは付き合わないの?」
「うん。人間の女の子は怖いからね。僕を否定するし、虐めるんだ」
俺は笑ってしまった。冗談だと思ったからだ。
「虐めるってどういうこと?」
「僕がゲイっぽいってからかうんだ。僕は子供の頃からずっといじめられて来たんだよ。男からも女からも」
「すごく意外だよ。君はすごくきれいだから」
「ありがとう。でも、国ではすごくいじめられて、女みたいだとか、〇○○ついてないだろうとか・・・からかわれて、トイレでズボンを脱がされたりなんかもあって、こういう外見がずっと嫌だった。それに、何度もレイプされたことがある。近所のおじさんとか、街を歩いてて知らない人とか、図書館とか、ショッピングモールとかでも・・・何度も自殺未遂をしたんだ。アルコールやドラッグに溺れかけたり、本当に酷い人生だった・・・僕は一生一人ぼっちだと思ってたんだよ・・・でも、シンディはこんな僕でも愛してくれた」
シンディというのは犬だ。外でどんなに嫌なことがあっても、家に帰ると慰めてくれる犬がいる。そんな相手なら、愛してしまって当然だろうと思う。それにしても、彼の人生はボロボロだった。今、サラリーマンになって働けているのが奇跡的だ。犬が心の支えになっているんだろうか。
「いい話じゃない」
「シンディが死んだ時は、僕も後を追おうと思ったよ。今でも愛してる」
彼には信頼できる友達も家族もなくて、本当に犬しかいなかったんだろうなと思った。俺なんか誰もいなかったから、ずっと一人だった。それに比べたら犬がいただけ彼の方がましかもしれない。犬との友情。裏切りのない愛。うらやましい。
「今度、うちに遊びに来ない?」
「いいの?もちろん、喜んで」
彼は同僚とは全然つき合わない人だった。男たちと酒を飲んだりもしないし、女性からは逃げているから、いつもポツンとしている。俺も酒を飲まないし、英語は下手だし、浮いた存在だったから、何となくの寄せ集めみたいな感じで親しくなったんだろうと思う。
俺も彼みたいに本気で犬をパートナーにしようか考えるようになっていた。
しかし、俺は甘かった。彼らの関係は、そんなにきれいなもんじゃなかったんだ。
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