2.Past Times

〈敵...?黒いAFアームズ・フェース...?〉


〈撃ってきたぞ!〉


〈施設破壊なんて嘘っぱちかよ!〉


〈散開しろ!あの黒いのに殺られるぞ!〉


〈撃たれた!もう無理だぁ!〉


〈畜生、脱出しろ!〉




 試験は黒い所属不明機の乱入によって中止された。あまりに速すぎる機動力を持つ機体。両手に装備したT.E.C製のライフルを四方八方に撃つ戦法。


 二人が死んだ。マーカスとジーン。


 一人は内臓破裂の重傷を負った。ベインス。


 最後の一人は逃げ回った。私。ジャック・リンヴェルト。


 SGNの格納庫に戻ると、整備員たちが私に向かって手を叩いた。よく無事だった、と。


 私は緊急理事会への出頭を命じられた。無骨なデザインのパイロットスーツを着たまま、重厚な雰囲気の会議室へ入る。


 まるで旧制度時代のアニメーションだった。空中投影画面ホログラムに映される黒無地の背景と「SOUND ONLY」文字。これが理事会か、と笑いだしてしまいそうだった。


〈まずはよく帰ってきた〉


 一人目の画面が男の声で言った。こいつがどれだけ偉いかは知らないが、誰でも同じことを言うのだと感じたことだけは確かだ。


〈あの状況の詳細を知りたいと思ってな〉


 二人目が、薄笑いを含んだような男の声を投げ掛けてくる。私は試験中の起こった出来事をすべて話し、より詳細なことは試験機の複合センサーメモリを閲覧するよう伝えた。


〈ジャック・リンヴェルト〉


 三人目は私の名前を呼んだ。貫禄のある女の声だった。


〈あなたの帰還をもって試験を終了。ならびに生還者二人を合格とします〉


 思わずにやけてしまう。これは死んでいった同僚候補へ向けたものでないと信じたい。


「受かったのか、うれしいね」


〈あなたには専属のオペレータがつきます。仲良くするように〉


 背後の扉が開き、ワイシャツを着た若い女が入ってきた。


「はじめまして、ジャック。あなたの専属オペレータとして任命されました。ヘレナ・カトヴァニスタです」


「ああ、ヘレナ。よろしく...」


「......あの......何か?」


「え?...あ」


 自分の愚かさに気がついた。小さくなびく金髪が美しい。それに見とれてしまっていた。


 周囲の画面たちから巻き起こるクツクツという笑い声。私は小さくため息をつき、理事会の面々に向き直る。


「挨拶はすんだ。私は寝てしまいたいのだが」


〈おお、二人とも行ってよし〉


 私は表情を変えないように気を引き締める。扉を開けようとした瞬間、一人に言われた。


〈部屋は二人で共用だぞ〉


「......なに?」


〈いや、だから......〉


〈とにかく二人でよろしくやれということだ。ヘレナ、君の部屋へ案内してやれ〉


「はい」


 ヘレナが先導して会議室をあとにする。私は半ば自棄やけになりながら、彼女の背中を追う。




 部屋は二人で使うには十分な広さだった。少ない私物を運び込み、私は真っ先に格納庫へ向かう。


 灰色塗装のシンプルな機体が寝かせられていた。その周囲には、迷彩や専用色で塗り、パーツを様々なものに換装した機体がある。他のウルフの機体だ。


 私の機体はT.E.Cの純正AF。クセがなく扱いやすい機体だが、自分の戦法を活かしきれない場合もある。


 携帯端末モバイトを取り出し、SGN所属のウルフにインストールが義務づけられているAF管理用アプリ〈SGN-maximum〉を開く。


 〈SGN-maximum〉は、自機のカスタムプランを立てることができる。それをもとにパーツを売却・購入し、自機の強化が可能となる。


 私は腕と脚、ライフルとプラズマ・ブレードなどの武装を売り払った。その代わりに、安価かつ射撃特化した性能を持つオーバルジーン社製の腕ユニット、上半身ユニットの積載量を強化した同社製の二脚パーツ、デルタクティカル社製四十ミリ口径ライフルとプラズマ・ブレードを購入した。


 AFのウリは、すべてのユニットが同一規格で設計されているという点だ。一般的に〈トール24〉と呼ばれるジョイント・システムは、他社製品との組み合わせを問題なく実現した。これにより、ウルフは価格、特化性能、重量などを吟味し、自分の求める理想のAFを構築することができる。


 最後に機体色を聞かれた。私は過去を思い出す。


 会社員になるよりも前、戦場で見たAFの姿。砂塵舞う地で、危機の中にあった少年兵を救った機体。


 それは灼熱の砂漠に似合わぬ、乾きを癒すような白だった。まだ見たことのなかった〈雪〉を、私はあの機体に見たのだ。


 私は携帯端末の画面に表示されたRGB調整アイコンを操作し、懐かしい白を作る。


「綺麗な色ね」


 後ろには、いつの間にかヘレナが立っていた。


「人のモバイトを覗くなよ」


「別にいいでしょ、オペレータが見たって」


「完成してからいつでも見られるだろ」


「そうだけど......」


 彼女は少しばかり言葉を止めた。十秒ほどの空白の後、再び口を開く。


「白が好きなの?」


「話せば長いぞ」


「いいわ、聞いてあげる。ただし部屋でね」


 彼女はイタズラっぽく微笑み、格納庫から退出した。ワイシャツの背中にかかる金髪がやさしく揺れる。私はカスタムプランを送信し、部屋へ戻った。

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