第五話

「元気がないですね。あまり楽しくありませんでしたか?」

 いつも通りに手を繋いで歩く夕暮れ時。東雲は見るからにしょんぼりとした顔をしていた。

 あのとき、シロハは神のお世話をしている間は食べなくても大丈夫になったのだと説明してくれたが、到底信じられなかった。シロハは人間のはずだ。人間は食べて寝て遊ぶ生き物だ。じゃあシロハは? シロハは人間じゃないのか?

 ぐにゃりとした感覚が思い出されて、ぞっとする。あの感覚が襲ってきた条件も不気味だった。あの後三回くらい、商店街の人にシロハの中学の頃の話を聞き出そうとしたが、そのたびにぐにゃりとした感覚に襲われて時間が巻き戻った。

 何かよくわからない意思が、シロハの過去を知ることを拒絶している。途中から怖くなってしまって試すのをやめた。

「あ、見てください。ここからだと夕焼けが良く見えますよ」

 家に向かう途中の橋の上。視線を向けた先には太陽に影が差していた。

「天使……」

「えっ」

 先日東雲を脅してきた天使がこちらに向かってきていた。シロハは慌てて東雲の手を振りほどき、かしずいて礼を示す。

「宝物を返せって言ったよなァ?」

 青年は強めの語気で東雲に迫るが、東雲は反抗する元気がなかった。

「シロハ……」

 動揺した視線をシロハに向けるが、シロハはかしずいたまま動かない。

「ねえ答えて。シロハは嘘、ついてないよね?」

「もちろんでございます」

「無駄だよ。その男の話に真実は一つもこもってない」

 口を挟んできた天使を、東雲はきっと睨みつけた。

「シロハは嘘ついてないって言ったもん!」

「じゃあ、そいつの昔の話を聞いてみろよ」

 瞬間、動揺が胸に広がった。

「できねえだろ?」

 ゆっくりと天使が歩いて近づいてくる。東雲は固まって動けなかった。

「返してもらうぞ」

 東雲の目の前に影が差して、どきどきしながら目をつむった。天使は、荒い動きでシロハの頭の布をはぎ取った。

「なんだ。使っちまったのか」

 心臓の音を聴きながら東雲はシロハの顔を見た。そこには闇が広がっていた。

「……シロハ?」

 闇から亀裂が生じ、世界にヒビが入る。ヒビが東雲の体に触れたとき、東雲はすべてを思い出した。

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