第四話
『シロハは嘘をついている』
その一言が気にかかって仕方がなかった。いつものように手を繋いで歩く帰り道。おそるおそるにシロハに質問をする。
「シロハ」
「うん、なんですか?」
普通の声音だ。何か疑われていることなんて想定もしていない、優しい声音。
「宝物ってなあに?」
「? どこでそんな言葉を?」
「ゆいとが子ども会のときに聞いたって言ってた」
なんとなく脅されたことは話しづらくて、とっさに嘘をつく。シロハは特に疑問にも思わなかったようで「あー、なるほど」と言って、説明をしてくれた。
「宝物は神のみが使える神聖な道具です。この世界の存在を支えることができるんですよ」
「そんざいをささえる?」
んー、難しいですかね。シロハは片手を口元に当てながら少し考えた。それから、なんとか言葉をかみ砕こうと努力した。
「東雲様はボールを持っていますね」
「うん」
「それは世界にボールがあるからですね」
「? うん」
「もし、瞬間瞬間でボールがあったりなかったりすると、大変ですよね」
「おもしろそうだけど、安心して遊べないね」
「ずっとここにボールがあることは、宝物のおかげなんです」
「ふーん?」
いまいちよくわからないが、シロハが真剣に話してくれていることはわかったので、安心した。
「明日は商店街に行こー!」
「はい」
明日が楽しみだ。
商店街のお店は東雲にとって刺激的だった。
「わー! めちゃくちゃ色鉛筆が置いてあるよ! ねえねえ、買ってもいい!?」
「買っちゃ駄目です」
「けち~」
文房具屋さんにはいろんな画用紙や色鉛筆やマーカーが揃っていた。きらきらした目で眺めていると、店主のおじいさんとシロハとの会話が聞こえてくる。
「おー、シロちゃんいらっしゃい。親御さんは元気かい?」
「はい。元気にしてます。おやじさんのほうは調子はどうですか?」
「いや~、最近酒が飲めなくなってきて困るよ。シロちゃんが飲めるようになるまで飲んでたいんだけどねえ」
「あと三年ですよ。待っててください」
「もう少しだねえ」
あと三年。ということはシロハは十七なのか? 顔が見えないから知らなかった。それにシロハの親のことなんて聞いたことがない。
「ねえシロハ」
「うん? なんです東雲様」
寒そうに店の奥に居るシロハの近くに、宙に浮きながら寄っていく。
「シロハのお父さんとお母さんはどこにいるの?」
「この町の南の別邸に住んでいますよ」
「シロハも今冬休みなの?」
「いいえ、中学を卒業してから家業に勤しんでおります」
「ふーん? 中学校ではどんな感じだったの?」
「ち」
ぐにゃり。
何かが歪んだ感覚がする。
はっとして目線を上げると、さっきまで居たマーカー棚の前だった。
「……あと三年ですよ。待っててください」
「もう少しだねえ」
心臓がどきどきする。これは一体……どういうことだ!?
「シロハ!」
「わ、なんでしょう?」
「ほかのお店行こ!」
「え? ああ、はい。そういうわけですので……」
おじいさんに気を遣いながら去るシロハはいたって普通だった。なんだかあの場所が良くなかったのかもしれないと思い、お肉屋さんの前を通る。
「あ、コロッケ……」
瞬間、何かの違和感に辿り着く。
「どうしました? 一つくらいなら買っても大丈夫ですよ」
「ねえ、シロハ」
今度ばかりはシロハの顔が見えないのが不気味で、シロハの腕から手を離した。
「シロハは、ご飯食べないの?」
自分もシロハも、目覚めてからずっと、食事というものをした覚えがなかった。
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