45.わかりたいからこそ歩み寄る

「健太郎くんは私の想像の斜め下をいきますし、将隆くんはなんかこう……いろいろとずるいんですよ!」


 松雪は爆発したみたいに大声を上げた。


「な、斜め下……」


 その爆発を間近で受けた大迫はダメージを負ったようだった。


「い、いろいろとずるいってなんだよ……?」


 隠れていた俺にも小さなダメージ。俺、松雪にずるい奴って思われてたのか……。


「なのに、気づけばみんな仲良くなっちゃっていますし……。悩んで、傷ついて……私、バカみたいじゃないですか……」

「そうね」


 あっさり肯定する千夏ちゃん。大迫がぎょっとしていたけれど、俺だって驚いた。

 でも、それで終わらないのが千夏ちゃんである。


「私ね、松雪さんの気持ちが少しだけわかる気がするのよ」

「千夏さんが……私の気持ちを?」

「わかるっていうよりも、少し似てるかなって。松雪さん、あなた周りの人が怖いんじゃないの?」

「……」


 松雪の表情が少し曇る。初めて彼女の弱さを見たのかもしれない。


「私もね、周りの人が怖かったんだと思うの。だからずっと気を張っていて、そうしていると目つきが厳しくなったのか睨んでるみたいに見られてね。いつの間にか周りの人達に恐れられるようになっちゃった」


 過去を懐かしむかのように、千夏ちゃんの表情が緩む。事実、彼女にとってはもう過去のことなのだろう。


「周囲を警戒して、他人を寄せつけないようにして……。それだから話しかけられる人も本当に少なくて……。もし今もそのままだったら、私は孤独になっていたわ」


 今は「孤独」ではないのだと、そう聞こえる。もちろん俺が千夏ちゃんを孤独にさせるなんてあり得ないけどな。


「私とは違うけれど、松雪さんもそうでしょう? 自分を守るための行動を、私は否定できない。できないけれど、過度にしすぎるのはやっぱりバカなのよね。自分自身がやってきたことだからこそ、そう思うわ」

「……」

「なぜだかね、私は松雪さんを放っておけないみたい。たぶんマサくんに似ちゃったのね。私が彼にそうしてもらったみたいに、松雪さんの話を聞かせてほしいの」

「私、の……?」

「ええ。だからね──」


 千夏ちゃんは、笑顔でこう続けた。


「──私と友達になって」


 勇気を振り絞った言葉だった。

 言葉通り、千夏ちゃんは松雪を気にかけていて、放っておけなかった。

 あの場を設けたのは大迫の謝罪のためであり、千夏ちゃんが松雪に歩み寄ろうとするためでもあったのだ。

 千夏ちゃんがしたいと決めたことならば、それに協力するのが俺のしたいことだ。


「友達……」


 松雪が視線を下げる。千夏ちゃんに握られている手が、そこにはあった。

 ずっと放さずにいたのだ。ずっと握っていた手から、当事者ではない俺でも強い意志を感じられた。


「……私、これまで悪いことをたくさんしてきました。千夏さんが引くようなこともしてきました。それでも、私の話を聞いてくれますか?」

「もちろん。私だって少し前まではたくさんの人に対してひどい態度だったわ。健太郎が私を罵った言葉も、あながち間違いじゃないってくらいね」


 俺には、松雪の気持ちはわからなかった。

 でも、千夏ちゃんは松雪から自分と似た何かを感じ取ったのだろう。だからこそ、ああやって手を取っている。

 千夏ちゃんが見せる愛情深さが、俺はたまらなく好きなのだ。


「ち、千夏さん……」

「はい」

「私と……と、友達になってくださいっ」

「ふふっ。私からお願いしているのだけれどね」


 そして、松雪の様子を見るに千夏ちゃんの考えは正しかったのだろう。

 貼りつけたような笑顔じゃない。松雪自身の、心の底からの笑顔が輝いていた。


「なんだ。ちゃんと可愛く笑えるじゃんか」


 思わず呟く。

 去年、松雪と同じクラスで接してきたけれど、あんな笑顔を見たのは初めてだった。

 松雪はよく微笑んでいた印象はあるが、なんだか距離を置かれている気がしていたからな。それなりに話したけれど、友達扱いされていないと感じていた。


「さすがは千夏ちゃんだ」


 千夏ちゃんと松雪が笑い合う。大迫は可愛い女子の笑顔にドギマギしているようだった。

 あの三人が、少し前に修羅場を繰り広げていたとは、今となっては誰も信じられないだろう。

 それだけ和気あいあいとした雰囲気が広がっていた。

 俺は静かにこの場から去る。

 当事者ではない俺は、これ以上見守る必要はなかった。


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