35.夏とプールと水着に感謝を
夏といえばプールである。
約束通り千夏ちゃんとプールに来た。テスト休みの平日に来たからか、混雑するほどの人はいなかった。
中学の時も、今通っている高校もプールがない。泳ごうと思ったらこうやって自分から足を向けなければならなかった。
「おお……」
感嘆の息が漏れる。
目の前には千夏ちゃんがいる。水着姿で、だ。
「ど、どう? 似合ってるかな……?」
恥ずかしそうに上目遣いで俺をうかがう千夏ちゃん。
態度とは裏腹に、水着は大胆な白のビキニだった。フリルがついていて可愛らしい上に、胸のボリュームが増しているように見える。
普段見られない谷間が見える。胸の大きい可愛らしい女の子。こういう女子をなんていうんだっけ……。
「……ロリ巨乳」
「え、今なんて言ったの?」
「千夏ちゃんが、息するのを忘れるくらい可愛いって言ったんだ。水着、すごくよく似合ってるよ」
「え、あ、そ、そう……。マサくんもたくましくて、か、格好良いわ……」
千夏ちゃんは照れながら褒め返してくれた。俺の水着姿とか、大して面白くもないので千夏ちゃんのビキニ姿を目に焼き付けることに集中した。
しっかり準備体操をしてからプールに入る。入る時も飛び込んだりはせずに、足からゆっくり浸かった。
「冷たくて気持ち良いー」
太陽にも負けない千夏ちゃんの笑顔が弾けた。プールに入ってテンションが一気に上がったみたいだ。
「あははっ。プール久しぶりすぎてもう楽しくなってきた」
「マサくんマサくん」
「どうしたの千夏ちゃ──わぷっ!?」
顔に水をかけられて思わず目をつむる。
目を開けると、悪戯っ子のような顔をした千夏ちゃんがいた。
「うふふっ。良い男になったわよマサくん。水も滴るなんとやらってね」
「やったな千夏ちゃん」
俺も千夏ちゃんに水をかけた。彼女は「きゃー」と喜んで濡れていく。
千夏ちゃんの色素の薄い赤い髪が濡れてしっとりとする。日差しもあって艶が増したように見えた。
俺達は童心に帰って水のかけ合いっこを楽しんだ。
たくさん水をかけようとして腕を大きく振り上げるせいか、露出が大きくなった胸部に動きが見られた。男にはない動きに目が奪われる。
……水着って最高だな。
「あっちに流れるプールがあるわよ」
「浮き輪借りてどこまでも流れようぜ」
解放感があって俺達のテンションはどこまでも上がっていく。
千夏ちゃんを浮き輪に乗せて、流れながら浮き輪をくるくる回した。それだけでも笑顔が止まらなかった。
「見て見てマサくんっ。あっちに競泳用プールがあるわよ。競争しましょうよ」
「……千夏ちゃん。その勝負は受けられない」
俺は一瞬で真顔になった。
「え、どうして?」
急に平常時以下となった俺のテンションに、千夏ちゃんは困惑する。
言おうか言うまいか考えた結果、俺は覚悟を決めて告白することにした。
「だってそのプール……水深三メートルって書いてあるじゃん」
「競泳用プールだものね」
「……足がつかないプールって、怖いだろ」
千夏ちゃんはぽかんとして俺を見つめた。彼女の吊り目が俺を責めているように見えるのは気のせいだと信じたい。
「マサくんって……」
「はい」
「もしかして、泳げないの?」
「……はい」
俺は両手で顔を覆った。恥ずかしい……。
だって仕方がないじゃないか。中・高とプール授業がなかったのだ。泳ぎが下手なのは当然だよ。
あと小学生の時に、海で足が届かなくて溺れそうになった経験をしたのがよくなかった。その時にパニックになったことを今でも体が覚えてしまっていた。
「でもマサくん、顔を水につけられるわよね? さっきだってバタ足もできていたじゃない」
「足がつくところなら大丈夫なんだよ。足がつかないところになると泳げなくなるんだ……」
千夏ちゃんは少し考える仕草を見せてから、俺の手を取った。
「わかったわ。なら練習しましょう」
「練習って?」
千夏ちゃんはニッコリと笑った。その笑顔からは善意しか感じられなかった。
「水深が深いところでも泳げるように、私が指導してあげる」
※ ※ ※
「マサくん、リラックスよリラックス。力が入ると体が沈んじゃうわ」
「はっ……はっ……はっ……」
流れるプールには人が集まる一方で、競泳用プールにはあまり人がいなかった。
おかげで泳ぎの練習をするのに支障はない。千夏ちゃんに手を引かれながら息継ぎとバタ足を練習した。
「そうそう、その調子よ。足がついてもつかなくても泳ぎは変わらないんだからね」
千夏ちゃんに乗せられるまま練習した。
慣れてきたのか、徐々に恐怖感が薄れていく。
「じゃあクロールで泳いでみましょうか。私はすぐ近くにいるから安心して泳いでみて」
千夏ちゃんがプールから上がる。彼女に見下ろされながら、今度は俺一人で泳ぎ始めた。
つないでいた手が離されて少しだけ不安が戻ってきそうになったけれど、千夏ちゃんの視線を感じて、格好悪いところを見せたくないという気持ちが勝った。
「頭は水面から離しすぎないようにして。プールの底と自分の体を平行にするように意識するのよ」
「ぷはっ……ぷはっ……」
「顔を水につけている間に鼻から息を吐いて。そうすれば息継ぎのタイミングで大きく息を吸えるから」
千夏ちゃんの指示が泳ぎながらも的確に頭に入ってくる。
練習すればするほど泳ぎがスムーズになっていった。そうなると体が浮く感覚も掴めてきた。
「マサくん上手いじゃない。水泳のセンスが良いのね」
「いやぁ、千夏ちゃんの教え方がいいからだよ」
時間がかかったものの、足がつかなくても不安に思わなくなるくらいには泳ぎに自信が持てるようになった。
できないことができるようになった。それがとても嬉しくて、ワクワクが止まらなかった。
「遅くなったけど、昼食にする?」
「そうね。私、お腹ペコペコよ」
「ごめんな。俺が泳げないばかりに時間取っちゃった」
「ふふっ、そんなことないわよ」
千夏ちゃんは嬉しそうに笑いながら、俺に身を寄せてきた。
「マサくんにもできないことがあって、それを私が教えられる。そのことが、変かもしれないけれど嬉しいのよ」
「……そっか。迷惑に思ってないなら良かった」
「迷惑だなんて思わないわ。むしろ、もっと私を頼ってもいいのよ。マサくんに応えられるように、私もがんばりたいから」
やっぱり、千夏ちゃんは可愛いだけじゃない。可愛くて格好良い。
だからこそ、彼女を支えられる男になれるようにと、俺もがんばりたくなるのだ。
「……千夏ちゃんは何食べたい?」
「私はフランクフルトにしようかな」
売店へと向かう道すがら。腕を触れ合わせながら歩いていると思うのだ。
……男と女の肌って、なんでこんなにも感触が違うんだろうね、と。
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