34.秘密に苦しみ、癒やされる
以前、俺は千夏ちゃんとゲームで勝負をした。
その勝負に勝利したことにより彼女とキスができた。次の期末テストで勝った暁には、それ以上の「お願い」をしてもいいのかな……なんて。
「くっ……」
集中しろ。集中するんだ佐野将隆!
期末テスト当日。俺は問題を凝視しながら記憶を引き出そうと頭をフル回転させていた。
この問題はやった覚えがあるんだ……。冷静に考えれば解けない問題じゃないはずなんだ。
「……っ」
そのはずなのに、一向に答えが出てこない。
集中しきれていないのだと、本当はわかっている。その原因も理解できていた。
──千夏ちゃんが大迫に罵倒されている現場に俺もいた。そのことを、松雪に知られていた。
松雪はそれからとくに何も言わなかったけれど、このことを千夏ちゃんに知られでもしたら……。そう考えるだけでどんな反応をされるのかと怖くなってくる。
千夏ちゃんに事情を聞いてから、彼女にアプローチをし始めた。でもそれが現場を目撃していたからだったとなれば印象が変わってくる。
親切心から話を聞いてくれたと思っていたら、本当は修羅場を黙って眺めていた。助けに入りもせずに、泣いて傷ついているところを見計らって近づいた。
なんて白々しい奴……。
そんな風に思われでもすれば……、俺は千夏ちゃんに幻滅されてしまうかもしれない。
その考えがずっと頭から離れてくれない。もし危惧していることが現実になれば、それこそテストなんかに集中していられなかった。
「あ……」
テストの時間が終わってしまった。待ってくれ、と言いたかったけど後の祭り。テスト用紙は回収されてしまった。
「どしたんマサ? そんなに出来が悪かった?」
俺の後悔が隣席女子にも伝わった。心配されるほど顔に出ていたらしい。
「い、いや……別に」
「回答欄全部埋められなかった?」
「いっしょにすんなよ。見直しができなかっただけだ」
「は? 答え全部埋めるくらい楽勝なんですけど?」
気づいた時には隣席女子が険悪な雰囲気を醸し出していた。これも全部松雪のせいだ……っ。
※ ※ ※
悩んでいる間も次々とテストが襲ってきた。
晴れない気持ちのままこなしていく。そうしているうちに、期末テストの三日間は終わってしまったのだった。
「マサくんはテストどうだった?」
「ま、まあまあかな……」
せっかくテストが終わって千夏ちゃんとの下校なのに、まだ俺の気持ちは晴れていなかった。
正直、今は千夏ちゃんの顔をまともに見られそうにない。
だって、もし俺があの修羅場を見ていたとばれてしまえば……もう二度と彼女に笑顔を向けてもらえないかもしれない。
キスしたり、弁当を作ってもらったり、抱きしめたり、デートしたり……こうやって二人きりでいることすら、なくなるかもしれないんだ。
それが、とてつもなく怖い……。千夏ちゃんが恋人になってくれて、今が幸せだからこそ、それを失いたくないと強く思ってしまう。
「マサくん? もしかして疲れてる?」
「え? いや……あはは。そうかも、千夏ちゃんに負けられないって思ったら勉強に気合入れすぎたかもしんない」
「少し休む?」
「そ、そうだね。今日は早く休むことにするよ」
やっぱり顔に出てんのかな。
テストが終わって久しぶりに千夏ちゃんと放課後デートを楽しみたかったけれど、今日は早く帰って寝よう。そして早く気持ちを切り替えるんだ。
「……こっちよ」
「え?」
千夏ちゃんに手を引っ張られる。いつもの帰り道を外れて、いつもと違う景色の道を通る。
辿り着いたのは緑豊かな運動公園だった。ランニングコースがあり、この暑い中でも走っている人がちらほらいた。
「こっちにベンチがあるから。そこで休みましょう」
千夏ちゃんはこの公園をよく知っているようで、迷わず木陰のベンチまで俺を導いた。
「木陰に入ると涼しいね」
「でしょ? ここならゆっくりできると思ったの」
日差しは生い茂った木々が守ってくれた。そよ風がちょうどよくて気持ち良い。自然に癒やされていく。
千夏ちゃんと並んでベンチに座っているだけで幸せを感じる。気持ちが曇っていても、それは変わらなかった。
「マサくんは何を悩んでいるの?」
柔らかい口調だけど、悩んでいることを言い当てられてギクリとする。
俺の心配事が見透かされたわけじゃないはずなのに、タイミングがあまりにも的確で動揺を抑えられない。
「べ、別に悩んでることなんかないって。むしろ千夏ちゃんと二人きりになれて嬉しすぎるくらいだよ」
「そっか」
とくに追及されることはなかった。ほっと小さく息を吐く。
「二人きり……だものね」
すっと千夏ちゃんの手が伸びてくる。その手は、俺の肩を優しく引き寄せた。
抵抗できずに体が倒れる。そして、側頭部に柔らかい感触がした。
「……あれ?」
見上げれば千夏ちゃんの顔。それと、下からのアングルの胸部が、迫力満点なんですけど……っ!
「マサくんはいろいろと考えてくれているかもしれないけれど、たまにはしっかり休んでよ。マサくんが休みたいって言ってくれたら……私だって、甘やかしてあげられるんだからね」
千夏ちゃんの膝枕……! 俺は今、最高の贅沢を味わっていた!
髪を撫でられる。その手つきはどこまでも優しかった。
「悩んでいることを無理に聞き出したりはしないわ。でも、言いたくなったらいつでも言ってね。私はいつだってマサくんの味方だから。力になりたいって思っているの」
「……うん」
勝てない。勝負うんぬんの話じゃない。俺は彼女には勝てないって、本能で理解できた。
今すぐ秘密を白状するほどに心の準備ができたわけじゃない。
でも、今この時だけは、悩みなんてないってくらい幸せになれた。甘えるように頬を彼女の太ももに擦りつける。
「あ……ちょっ……んっ……」
艶めかしい声を聞かなかったフリをする。今のはわざとじゃないんだよ、うん。
「千夏ちゃん」
「な、なあに?」
「俺、千夏ちゃんとプールに行きたい」
頭を撫でる手が一瞬止まる。
「ふふっ。そうね、プールに行きましょう」
鈴を転がすようにコロコロと笑う千夏ちゃん。また優しく頭を撫でてくれた。
「私も、新しい水着買ったし……」
「え、本当に? どんなの?」
「そ、その……えっと……」
口ごもる彼女を見て、俺はビキニだと思った。ていうか願った。
「やった。千夏ちゃんとプールに行くの楽しみだなぁ」
「……私も、楽しみよ」
ここには夏の暑さはなくて、穏やかな時間が流れる。
その時間の流れが、俺の不安を少しずつ薄れさせてくれた。
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