33.察しのいい彼女

 朝。俺はいつもより早く登校した。

 なぜか? それはもちろん、今回のテストで千夏ちゃんに勝つためである。

 彼女とは勝負をしている。テストで順位が上だった方が、一つだけなんでも言うことを聞いてもらえる権利を得るのだ。


「絶対に負けられない戦いが……ここにある!」


 テスト週間だから朝練をする運動部の声もない。集中して勉強に取り組むには最高の環境である。

 誰もいない図書室で教科書とノートを開く。

 やはり家で勉強するよりも捗る。この調子なら千夏ちゃんとの差を縮めるどころか、逆転することだって不可能じゃない。

 そして勝てばなんでも言うことを聞いてもらえる……ふふふ。過去最高点を更新してやるぜ!


「上機嫌ですね将隆くん。何か良いことでもありましたか?」

「どわぁっ!? ま、松雪……っ」


 声をかけられるまで存在に気づかなかった。

 隣の席に座ってニコニコしている松雪。ここまで近づかれても松雪が話しかけてくるまで気づかなかったとは……。松雪が気配を消す天才なのか、俺の集中力がすごいのか、ちょっと判断できない。


「な、なんで松雪が図書室にいるんだよ?」

「将隆くんと同じ理由だと思いますよ。私も静かに勉強をしたかったものですから」


 そう言って松雪は机に勉強道具を広げる。って、隣の席でやるつもりか。


「勉強したいならすればいいけど。わざわざ俺の隣でしなくてもいいだろ。空いてる席はいくらでもあるんだからさ」

「せっかく知っている人がいるのに、わざわざ離れた席に行くのは感じ悪くないですか?」

「俺は気にしないぞ」

「それなら、私に気にせずどうぞ勉強がんばってください」


 松雪は構わず俺の隣で勉強を始めた。気にしないって……そういう意味じゃねえぞ?

 彼女持ちの俺としては、あまり他の女子と二人きりは避けたいんだけども。

 だけど、ここで俺から離れるのも感じ悪いのか? 松雪のせいで変に勘ぐってしまう。

 まあいい。今大切なのは少しでも学力を上げること。目指すは千夏ちゃんに勝利することだけである。

 もう一度集中して勉強に取り組もうとした時、ふと気になったことが頭に浮かんだ。


「なあ松雪」

「なんでしょうか?」

「松雪って、大迫と何かあったか?」


 松雪が顔を上げて俺を見る。その表情は笑顔のままだった。


「もしかして、将隆くんは私がまた何かしたと思っていますか?」

「またってなんだよ。じゃなくて、最近大迫の元気がないだろ。松雪のことを自分の彼女だって言ってたし、何か知っているんじゃないかって思ってな」


 さすがに大迫が暴れたという話はできなかった。

 千夏ちゃんも幼馴染の傷口は広げたくないらしいからな。なら、俺は彼女の意見を尊重するだけだ。


「私は友達として健太郎くんに接していましたよ。なのに健太郎くんはそれが不服だったようで……ひどく悲しんでいましたね」

「大迫に恋人として付き合ってるつもりはないって、ちゃんと言ったってことか?」

「ちゃんと……。ええ、私は最初からそう言っているつもりでしたけれど」


 大迫はようやく自分の勘違いに気づいた。でもそれが認められなくて、暴走したってことか?

 俺は当事者じゃないし、大迫も松雪と何があったのかはだんまりだ。だから、この二人の間に何があったかは知りようがない。

 別に何がなんでも調べたいわけじゃないからいいか。千夏ちゃんが傷つけられないのなら、なんだっていい。

 勉強に戻ろうと視線を下げる。


「そういえば将隆くん」

「なんだ?」

「将隆くんって、千夏さんと付き合っているんですよね?」


 うわさを聞いたのだろう。俺と千夏ちゃんが付き合っていることは、すでにクラスどころか学年中に広まりつつある。


「そうだよ。付き合ってる」


 胸を張って答えた。自分のことでもないのに松雪も嬉しそうにしていた。


「おめでとうございます! 将隆くん、千夏さんのことをよく見ていましたもんね。彼女のこと、好きなんだろうなって去年から思っていました」

「そ、そんなにわかりやすかったか……?」

「ええ、将隆くんは素直ですから。これでも私は女子ですからね。女の勘が働くんですよ」


 だったらもっと自分に生かせばいいのに。大迫の気持ちに気づいていなかったとか、むしろ鈍感だろ。

 声を弾ませながら、松雪は続ける。


「これも千夏さんが弱っているところを、将隆くんが的確に慰めたからですよね」

「……え?」


 なぜか、松雪が知っているはずがないことを口にした気がする……。


「健太郎くんが千夏さんを責めて、彼女を泣かせているところに将隆くんもいましたものね。目の前でチャンスが訪れて、良かったですね」


 松雪は笑顔だった。ずっと、笑顔でしゃべっている。

 なのに寒気が止まらない。俺は大変な弱味を、目の前の女子に握られているのかもしれなかった。


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