32.妄想だけでは勉強にならない
七月。期末テストの日が近づいていた。
「プールはいつ行く? 夏休みになってからかな。それともテスト終わりがいいか……千夏ちゃんは都合の悪い日とかある?」
「マサくん、遊びの予定を考えるのは後。今は勉強に集中して」
「……はい」
例年よりも早く梅雨が明けた。夏の青い空が広がっているっていうのに、俺と千夏ちゃんは図書室で試験勉強に勤しんでいた。
いや、わかるんだ。夏休みを思う存分楽しむためにも、ここで期末テストに躓くわけにはいかない。
そこまでわかっていてもなお、誘惑が俺を襲う。
「……千夏ちゃん、プールは行くよね? 行かないってわけじゃないんだよね?」
「そ、そんな泣きそうな顔しないでよっ。プールはテストが終わってからね。わ、私も楽しみにしているし……」
よし、約束したぞ。これでまた楽しみが増えた。
千夏ちゃんと付き合っていることを公言してから、学校でも彼女といっしょにいる時間が格段に増えた。
今だって、放課後に堂々と千夏ちゃんと勉強会ができている。彼女とすることなら勉強だって楽しくなる。
千夏ちゃんがわからないところを教えて、俺の学力の高さに「頭が良いマサくん大好きっ。抱いて……」と、都合の良い妄想をしてみる。実際にはやらない。だって彼女の方が頭良いし。
そういえば……。俺は前回の試験の順位表を思い出した。
「千夏ちゃん、今度のテストで勝負しないか?」
「勝負?」
勉強に集中していた千夏ちゃんが顔を上げる。
「総合順位で勝った方が、負けた方になんでも言うことを聞かせられるってのはどうよ?」
「な、なんでも……言うことを……」
千夏ちゃんがゴクリと喉を鳴らした。……ゴクリ?
試験結果は二十位まで貼り出されるのだけど、千夏ちゃんはそこによく名前が載っていた。前回は二十位だったことを記憶している。
逆に俺は二十位以内に入ったことはない。しかし、前回の順位は二十一位である。
そう、つまり名前が載っていないだけで、俺と千夏ちゃんに学力の差はほとんどないのだ。……ないはずなのだ。
「その勝負、受けるわ」
俺は内心でガッツポーズをした。
千夏ちゃんは貼り出された中に俺の名前を見たことがないはずだ。だからこそ勝利を確信して、この勝負を受けたのだろう。
だが実際は違う。彼女が思っているほど余裕がある差ではない。充分に逆転可能な位置に、俺はいる。
油断している千夏ちゃんに、勝って惚れ直してもらうのだ。そうすれば勉強で俺を頼ってくれるはず……。妄想を現実にする道筋が見えた気がした。
しかも、勝てばなんでも言うことを聞かせられる。なんでも……、俄然やる気が出た。
「やるからには……勝ちにいくわ」
千夏ちゃんはヘアゴムを取り出すと、髪を結んでポニーテールになった。急なイメチェンにときめいてしまう。
目の色を変えた彼女は声をかけるのを躊躇うほどの集中力を見せた。
あ、あれ? もっと油断するかと思ってたのに……。なんか想像してたのと違うんですけど?
可愛いポニーテール姿を見せてくれた千夏ちゃんは、慢心の一かけらもないってくらい勉強に取り組んでいた。
勝ったつもりになって、千夏ちゃんに何をしてもらおうかと考えている場合じゃない。このままだと負ける。千夏ちゃんからはそれほどの気迫を感じた。
「お、俺も本気でやるぞ。本気で……勝つ!」
ノートにペンを走らせる。
静寂の時間が流れる。互いに集中して会話もなかった。
恋人なのに味気ない。そんなことを思われるかもしれないけど、互いに本気で競っている空気は、なぜだかとても心地良かった。
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