第2話
その頃、とある街の外れにある廃墟に最近、勢力を強めたブラッド・ホース盗賊団のボスであるボルッグがフードを深々とかぶった男と対峙していた。フードの男が袋一杯に詰まった金貨を投げ渡してきた。床に落ちた時、金属音が鳴った。近くにいる部下に顎で指示を出し、確かめさせる。
「確かに……」
確認したボルッグの部下は笑みを浮かべて、手渡した。
「それで、おれたちに何の用だ?」
「仕事の依頼だよ」
「仕事だと? どんな内容だ?」
「エルデル家の屋敷を襲ってほしい」
それに周りにいた盗賊らからどよめき声があがる。
「エルデル家……あの大貴族のか!?」
「ああ、そうだ。剣聖と謳われるグレイグ・ルイス・エルデル家の屋敷さ」
「おいおい冗談だろ。俺たち全員、八つ裂きにされちまうじゃねぇーか」
「そのグレイグは死んだ」
それにボルッグは眉をひそめた。
「彼の後を継いだ息子アレクはまだ15歳のガキだ。今なら簡単に殺せる」
それだけ聞いたら簡単そうには思えるが、ボルッグは首を横に振る。
「いや、待て。 仮にも相手は貴族だ。私兵部隊だって持っているだろ」
貴族の大半は自分の身を守るため、個人で傭兵や私兵を雇っていたりする。大貴族ともなれば、常備軍を持っていることもある。
「安心しろ。エルデル家の屋敷の警備はメイドしかしていない。つまり、女と子供しかいない。簡単だろ? 同じことを考えているやつらもいるはずだ。先を越される前に金目の物を全て奪うんだ」
ボルッグの額から汗が垂れ落ちる。剣聖グレイグの名は誰もが知っている。その屋敷を襲おうなんて、思いついたこともない。しかし、目の前にいる男の言葉には説得力があった。グレイグが死んだ、となると恐れるものは何もなかった。
「なるほど。それで、報酬はいくらだ?」
「金はこの倍出す」
それにボルッグはニヤリと笑う。
「いいだろう。その話乗ってやる」
フードを被った男は口元に笑みを浮かべると、懐から紙を取り出した。それを近くにいた盗賊が受け取り、そのままボルッグへ渡す。広げるとそこには詳細な地図が描かれている。それに驚かされたボルッグは顔を上げた。
「どうやって、屋敷の見取り図を手に入れたんだ?」
「企業秘密さ。それでいつ襲うつもりだ?」
「部下をかき集める。1週間もあれば十分だろう」
「分かった。それじゃあ、一週間後に」
フードを被った男はそのまま立ち去った。
♦♦♦
それから一週間後の真夜中、月明かりが照らす中、ボルッグ率いるブラッド・ホース盗賊団はエルデル家の屋敷がある近くの森へと終結していた。
数は100人。かなり連れてきたが、この人数でも大きな屋敷にある金銀財宝を持ち出すには足りないかもしれない。
月明かりに照らされた大きな屋敷に視線を向けるボルッグは偵察が戻って来るのを待っていた。
やがて、1人の部下が息を切らせて戻ってきた。
「お頭、屋敷の周囲には見張りの姿はなく、門の前に2人だけですぜ」
「なに? たったそれだけか?」
「はい。それも兵士ではなく、ただのメイドでした」
「そうか。そうか。なら今回の獲物は本当にちょろいかもしれんな。よしっ! てめぇら、仕事の時間だ! 取り掛かれ!」
ボルッグの声に合わせて、全員が茂みの中から現れ、武器を手にする。
♦♦♦
深夜0時30分、屋敷の一室でベッドに寝転がっているアレクは父グレイグの書斎から持ち出した本を眺めていた。
小難しい内容が書かれていて、理解するのにも時間がかかるが、それも勉強のため、だと思っていた。
そんなとき、部屋の扉がノックされる。
返事をすると同時に扉が開かれる。そこに立っていたのは、アリシアだった。いつもとは違う身なりに少し驚かされた。彼女の腰には剣が装備されている。手足には革製の防具と胸当てを着けており、その姿はまるで騎士のようにも見えた。
「ご当主様、お休み中のところ申し訳ございません。実は屋敷に侵入者が現れたようです」
「侵入者?」
その瞬間に書斎にある黒電話がジリリリンと鳴り響く。アレクは受話器を取る。すると、ゾルデの声がした。
「ご当主、客人が数名、フェンスを越えて、庭に入ってきた。人数は……わかんないがかなりの数だ。どうする?」
「どうするって……」
どうしたらいいのかわからないでいるとすぐにアリシアが答える。
「ゾルデ、正確な人数を確認して。それと必要なら排除しなさい」
「オーライ」
そして、会話が終わる。アレクは部屋の窓のカーテンを少しだけ開けて、外の様子を見た。すると、夜闇に紛れて蠢く影を見つける。それは複数あり、どれも武装しているように思える。アレクは冷や汗を流しながら、呟いた。
「嘘……」
アリシアが狙撃を恐れて、アレクを下がらせて、窓から様子を確認する。
「なるほど。確かにかなりの数ですね」
そういうとすぐに黒電話のところにいき、メイドたちが休憩を取る部屋に繋いだ。
「こちら、アリシア。聞こえますか?」
「聞こえるよ~」
声がしたのはモニカだった。
「敵はおよそ、100人ほど。銃も持っている者も。よって、外部からの侵入と判断。コード:1251イェーガーを発令。『武装メイド部隊』は直ちにこれを迎撃し狩りなさい」
「了解だよ~」
「バウラ、あなたは屋敷内の守りをお願いします」
「わかった」
「それではよろしくお願いします」
アリシアは受話器を置いた。アレクは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「あの……今のは一体? 武装メイド部隊って……?」
「緊急の場合、選ばれたメイドたちが武装し、戦うことを許可されているんです」
「そ、そうなんだ。知らなかった」
「ご当主様、マニュアルに従い、安全な場所へ移動しましよう。さぁこちらへ。私が護衛を務めます」
アレクはアリシアに連れられて部屋を出た。それから螺旋階段を降りる。
玄関ホールに着くと、そこには弾帯を両肩に巻いて、帝国式ボルトアクションライフルを持った数人のメイドがいた。手慣れた手つきで、弾薬箱から弾を取り出し、弾込めをしている。他のメイドたちもタンスや机、イスなどを集めて、バリケードを作っていた。メイドたちがアレクに気がつき、振り返ると恭しく頭を下げて、お辞儀する。
「彼女たちまで…?」
「はい。私を含め、80名ほど。全員、特別な訓練を受けています」
「そ、そうなのか……」
「敵が迫っています。急ぎましよう。さぁ、こちらへ」
アリシアはアレクを連れて、中庭に出る。そこから渡り廊下を進み、地下室へと向かった。
ボルッグの部下は屋敷の門の前に立つ2人のメイドを見てニヤリと笑った。メイドの2人は腰に剣、そして、ボルト式の小銃を持っていた。
「おい、見ろよ。本当に女2人だけだぜ」
隣にいた仲間が別動隊の仲間に嘆く。
「おいおい、フェンスを乗り越える必要がなかったんじゃねぇーか?」
「確かにな。正面からでも楽勝だぜ」
盗賊たちは笑みをこぼしながら、武器を構えて、ゆっくりと近づく。
すると、メイドの片方が声を上げた。
「止まりなさい! ここはエルデル家の屋敷。これ以上は近づかないでください。早々にお引き取りを」
「あ? なんだって? 聞こえねぇーな」
それにメイドの2人は小銃を構える。構え方は素人ではなかった。安全装置を外し、ボルトを引いたのだ。それを見た盗賊たちは感心した。
「ほう。だが、俺らの相手は務まるかな?」
舌なめずりしながら盗賊らはメイドらに近づいていく。
「警告射撃」
メイドの1人が空に向かって、一発撃つ。それでも近づいてきたため、メイドらは銃口を向け、迷うことなく引き金を引いた。射撃音と共に放たれた弾丸が盗賊の1人の胸を貫通する。
「ぐあっ!?」
悲鳴を上げて、盗賊は倒れる。もう1人もすぐに射殺された。
後方で待機していた別の盗賊が怒りの声をあげる。
「な、なにしやがる!」
「てめぇよくも!」
「このアマァが!」
仲間の死に怒りを覚えた盗賊らが剣を振りかざす。メイドはそれをかわすと、カウンターで蹴りを放った。男の腹部にめり込み、そのまま吹き飛ばされる。
「うげぇっ」
地面に倒れ込む。立ち上がろうとしたとき、額に銃先を当てて、引き金を引いた。
パンッ!!
「がっ……」
再装填される前にと盗賊の2人が迫って来るとメイドらは小銃を槍のように構えて、銃床で殴り倒す。
転がった盗賊らをその場で銃殺する。それを最後に盗賊の人生は幕を閉じた。
「ふんっ! 口ほどにもないわね」
ボルトを起こし、空薬莢が石畳みに転がる。金属音が鳴った。次の攻撃に備えて、小銃を構え、警戒しながら、メイドらは屋敷の中へ向かうために退却していく。
その退却するときも、警戒は怠らず、まるで軍隊並みの動きをしていた。
その様子をゾルデは石塔の上から狙撃銃のスコープから見ていた。
しっかりと煙草をくわえながら、2人のメイドの動きに感嘆する。
「やるじゃん。リア、レイレイ。でも、この状況で、屋敷へ後退するのは間違った判断だな」
ゾルデはスコープを2人から少し離れた場所へ向ける。すると2人を待ち構える盗賊たちが身を潜めていた。
「やっぱりな。しゃあねぇ。助けてやるか」
そういうと咥えている煙草を吐き飛ばし、ボルトを引くと、狙いを定める。呼吸を整えたあと、発砲。放たれた弾は吸い込まれるように盗賊の後頭部に命中し、即死させる。続けて、ボルトを引いて、次弾を装填、隣にいたもう1人の盗賊の背中辺りを撃ち抜き、射殺。空薬莢が音を立てた。
すると別の方角から三人の姿が見えた。
「今日は獲物が多いな。やりがいがあるぜ」
真ん中にいる指示を出している大柄の男に狙いを定める。人差し指に力を入れて、引き金を引く。乾いた音が響き、禿げ頭の男は後ろへと吹き飛んだ。それを見た2人は驚き、立ち止まる。
「狙撃されて足を止まるんじゃねぇーよバーカ」
呆れてため息をつくと、隣の若い盗賊の眉間を狙い、弾丸を叩き込んだ。もう1人の盗賊はようやく狙撃だと気がつき、慌てて頭を下げながら、下草へと飛び込んだ。
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