武装メイド部隊
飯塚ヒロアキ
第1話
―――とある街の外れにある大きな屋敷にて、葬儀が行われていた。
屋敷の裏庭に歴代の当主が眠る墓所があった。そこで、新しい墓穴が掘られ、その中に白装束を纏った白髪の男の遺体がゆっくりと降ろされていく。
すすり泣く声がした。
「エルデル家第17代当主、グレイグ・ルイス・エルデルの魂に安らぎと救済を与えたまえ」
そう神父が祈りを捧げ、参列した者達は顔を下げて、黙祷する。黒装束に身を包んだメイドたちがスコップで土を掘り起こし、棺を埋めていく。
「父上……」
次期当主、グレイグの一人息子であるアレクは不安げな表情で、埋葬されていく父の亡骸を見つめていた。彼はまだ、15歳となったばかりで、まだ幼さを顔に残している。
遠巻きで、葬儀の参列者らが囁く。
「グレイグ卿のご子息はまだ15歳とのこと」
「あぁ。そうらしいな。帝国の英雄と言われたグレイグ殿に比べて……随分と頼りないですなぁ……」
「何故、こんな弱々しい子が……」
「所詮は平民上がりの血を引いているからか?」
「まったくだ。 あんな小娘を妻にするなんて……」
ひそひそ話が耳に入ってくる。
そんな声を聞きながら、アレクの瞳には涙が浮かぶ。悲しみと悔しさで震える肩をメイドの一人が優しく手を添えた。振り返ると蒼い瞳に映るのは優しい笑みを浮かべているメイド長のアリシアだった。
「ご安心ください。我らがついております。いかなるときも、どんな困難があろうとも、我らはご当主様と共にあります」
その言葉にアレクは目を大きく見開く。当主が代わっても、顔色一つ変えず、いつもの揺るぎない忠誠を誓ってくれたのだ。
アレクは力強く首を縦に振って見せた。その様子を見て、アリシアは微笑む。
「では、そろそろ戻りましようか」
「はい」
アレクは背筋を伸ばして歩き出した。その後ろをアリシアはゆっくりとついて行く。2人が立ち去る姿を遠くから見ていた男がいた。黒いスーツを着た長身の男性。オールバックの金髪が特徴的な男の名は『ダリシアン』。グレイグとは血族ではない。古い友人と扮して、葬儀に紛れ込んだのだった。
大きな屋敷に視線を向ける。ダリシアンの後ろに控えていた護衛に話しかけた。
「どうだ、あの屋敷は」
「かなり大きいですね。使用人の数も多いことですし、財力はあると思われます」
「だろうな。しかし、随分と古い家柄のようだ。帝国の資料によると100年以上前からこの土地に住んでいるらしいぞ」
「そのようですね。他の貴族と比べても歴史が長いようです」
「それにしても、あんな弱そうな息子が当主になるとはな。父親もかわいそうに……」
ダリシアンの言葉を聞いて、護衛は苦笑いを浮かべる。すると、彼は顎に手を当て、ニヤリと笑う。
「どんなお宝が眠っているのか、興味がそそられる」
「ダリシアン様、調べていると妙なことが」
「なんだ? 言ってみろ」
「エルデル家では常備軍を持っていないようです。領地の守りも自警団に任せているとか」
確かに妙なことだった。ダリシアンは目を細める。
「ほう、それは確かに妙だな」
「何か裏があるのでしょうか?」
「……いや、単純に支出をケチったんだろうさ」
「なるほど」
「それはそうと、常備軍も護衛もないとなると屋敷が盗賊に襲われたら大変だろうな」
悪党のような笑顔を見せるダリシアンは屋敷の石階段を上がっていくアレクの背中を見つめる。その後ろに若いメイドたちが続いてた。
「剣聖が亡き今、ガキと女しかいないとは。エルデン家の栄光も一夜で終わりだな」
ダリシアンは不敵に笑った。
♦♦♦
葬儀を終えた日の夜。エルデル家の屋敷にある執務室にて、アレクは机に向かい、書類整理を行っていた。父が残した大量の書類整理、引継ぎ作業が彼の仕事となっていた。メイドたちが夕食を運んでくると、アレクはため息をつく。
「はぁ~」
「大丈夫ですよ。私が傍についていますから」
アリシアが温かい紅茶を差し出す。アレクはそれを受け取って口に運ぶ。少しだけ気分が落ち着くような気がした。執務室の部屋には他にもメイドたちが詰めていた。
赤髪のおさげの少女や金髪のロングヘアーの女性など容姿端麗な女性たちばかりだ。彼女たちは全員、アレクの護衛も兼ねている。
アリシアを含めて全員が10代半ばから後半といったところだろうか。
「んだよぉーまた俺がババかよー」
煙草をくわえた茶髪の少女がトランプを手にして文句を言う。左目に眼帯を付けているが別に目が悪いわけではない。彼女は『ゾルデ』。24歳。この屋敷のメイドの中では姉御肌である。
「あははっ! ドンマイ、ドンマイ!」
明るい口調で言うのは『モニカ』。金色の髪をツインテールにしている少女だ。こちらは17歳の最年少である。
彼女たちはメイドの仕事をすることなく、カードゲームで楽しんでいた。
「……ずるしてないか?」
不満げに言うのは青い短髪の少女。『バウラ』。19歳。彼女がカードをシャッフルしながら尋ねる。ゾルデが灰皿に吸い殻を押し付けて同調する。
「モニカ! お前、また、なんかわからん手品、使っただろ!?」
机を叩いた。それにモニカは視線を逸らす。
「使ってないってば」
「じゃあ、なんで毎回俺が一番負けるわけ!? イカサマだ、絶対、イカサマだって!!」
「えぇ~そんなことしなくても勝てるもん~」
「んだとごらぁ?!!」
それをアリシアが呆れたようにため息をついた。
「貴方たち、巡回はどうしたのですか?」
「終わった。異常なし」
「おう。俺も偵察してきたばかりだが異常はなかったぜ。おい、今度は俺が配る」
そういって、モニカからトランプを奪い取り、ゾルデがカードを配っていく。それにアリシアは額に青筋を立てる。彼女の隣にいるメイドが今にも怒り出しそうなアリシアに震える手でアレクに紅茶を入れた。
「メイド長もやりませんかぁ~? 楽しいですよ~」
モニカの言葉に我慢の限界が来たのか、アリシアが机を叩いた。
「もう一度、巡回に行きなさい!!」
アリシアの一喝に皆がビクッとする。驚きたゾルデが咳込んだ。
「それとも私の命令が聞けないのですか?」
「ひぃ?!」
「うぅ……わかりましたぁ……」
アリシアが睨むと、ゾルデたちはすごすごと退散していく。ゾルデは煙草の火を消し忘れて、わざわざ、戻ってきて、火を灰皿で押し消すと部屋から出て行った。
それにアリシアは再び、ため息をついた。
アレクが視線をあげる。
「彼女たちはいつもあんな感じなんですか?」
「申し訳ありません。ご当主様の前で失礼な態度を取ってしまいまして」
アリシアが頭を下げると、アレクは慌てた様子で首を横に振った。
「いえ、いいんです。僕のために一生懸命に働いてくれていますから」
「そう言っていただけると幸いです」
「しかし、僕は本当に皆さんに迷惑をかけてばかりですよね」
「そんなことはありません。ご当主様はとてもお優しい方でございます。ご当主様は先代にもよく似ていらっしゃいます」
アリシアは微笑みを浮かべるが、その表情はどこか寂しげだった。アレクは視線を落とし、手元にある書類を見る。そこには屋敷の使用人たちの名前と簡単な経歴が書かれていた。
しかし、メイドたち一部の書類が黒塗になっていた。名前しかわからない者もいる。アリシア、ゾルデ、バウラ、モニカたちの写真はどれも目つきが怖く、まるで、殺人鬼のような顔をしていた。アリシアの書類を手に取る。
名前 アリシア
年齢 ………
出身地 ………
これまでの経歴 ………
名前しかわからない書類に疑問に感じた。何かを隠そうとしているようだった。
「アリシアはどこの生まれなんですか?」
「それは……」
どこか言いにくそうな感じだった。
「あ、すみません……」
アレクが謝ると、アリシアは優しく笑みを見せる。
「お気になさらないでください。私は捨て子でしたので」
「え?」
「生まれてすぐに孤児院の前に捨てられていました。両親の顔も知りません」
「そ、そうなんだ」
アレクはそれがどこか嘘のような気がした。なぜだろうか、直感的にそう思ったのだ。だが、それ以上、聞こうとは思わなかった。なにか、聞いては行けない気がしたからだ。残った書類の山を見て、アレクはため息をついたのであった。
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