おねえちゃん

ツヨシ

第1話

とあるマンションに引っ越してから、それはすぐに起こった。

二歳になる娘が、じっと天井を見つめているのだ。

私も娘の視線を追ったが、そこにはただ天井があるだけで、他になにもない。

娘はテレビなどをじっと見ていることはあるが、なにもない天井をじっと見ているなんて、母親である私も初めて見た。

やがて娘はにっこりと笑うと、天井に向かって手を振った。

「どうしたの。そこになにかあるの?」

私が聞くと、娘は言った。

「おねえちゃん」

もちろん私が見ても、天井におねえちゃんなんていない。


それから続いた。

毎日毎日。

欠かさず。

娘が天井を見つめ、しばらくするとにっこり笑って手を振るのだ。

そして私が聞くと「おねえちゃん」と一言返すだけ。

いくらなんでも気味が悪い。

悪すぎる。

そしてその気味の悪さは、日に日に増していくばかりだ。

――ああっ、もう我慢できない。

私はとうとう、引っ越して間がないそのマンションから、また引っ越した。


新しいマンション。

前よりも少し狭く、前よりも少し家賃が高いが、しょうがない。

そして荷物の整理をしている時に、気づいた。

娘がじっと天井を見ている。

そして笑って手を振ると、天井を指さして私に向かって言った。

「おねえちゃん」

と。


       終

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おねえちゃん ツヨシ @kunkunkonkon

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