第15話 番犬くん、覚悟を決める
扉の外が騒がしくなり、しばらくすると強引にこじ開けられ、徹は救急隊に運び出された、らしい。
意識が戻ったのは、救急車のストレッチャーの上でだった。
「お前、警察沙汰にはするなって言っただろ」
「ごめん……」
部下に指示を出しながら、長兄、翔は悪態をつく。
救急車で手当てを受け、痛みに顔をしかめながら、徹は頭を下げた。
ビルの周囲には立ち入り禁止のテープが張られたためか、野次馬が集まってきている。徹は救急車のかげで、その様子をぼんやり眺めていた。
「あの、近藤さんは悪くないんです。私のせいで、こんな怪我しちゃって……」
「お、ウワサの彼女か。……なんか美女と野獣って感じだな」
徹のジャケットの裾を掴んで離さない瑠璃子を一瞥し、
「どこをどう見てもお前にぞっこんじゃねえか」
「はあ……」
「事情聴取があるからもうしばらく待っててくれ」
ひとしきり徹をからかい、翔はビルの中へと戻っていく。
「まさかお兄さんに電話するなんて」
普通に通報するよりは話が早いだろうと予想していたが、まさか翔自身が出張ってくるとは思わなかった。
しどろもどろに状況を説明する瑠璃子から情報を引き出し、救急車の手配から、彼女の両親への連絡など、的確に動いてくれた。もう少しすれば瑠璃子の迎えがくる。
突然沸いた空白の時間を、徹は持て余していた。それは瑠璃子も同じようで無言の時間が過ぎていく。
「喧嘩、すごく強いんだね」
なんと答えたらいいのか考えていると、
「……中学の時、負けなしだったって」
「誰がそんなこと」
「お兄さん。近藤さんが治療受けてる間に話してくれた」
さすがに瑠璃子が調査した段階では、そこまでの情報は集められなかったのだろう。
なんせ七年も前の話である。
補導されこそすれ、徹は前科持ちではない。公式記録が残っているわけではないのだ。
「一人で百人失神させたとか、相手の木刀素手で握りつぶしたとか……」
「もうその辺で止めてくれ」
両手で顔を隠すと、くすりと瑠璃子は笑った。
できれば知られたくなかった。兄さん、覚えていろよ、と感謝をした矢先に恨みが募る。
「私が言っても説得力ないけど、もう、無茶しないでね」
見ればまた目尻に涙を溜めて、瑠璃子はしゃくりあげている。
「はい、すみませんでした……」
「あ、謝ってほしいんじゃなくて、近藤さん、死んじゃったらどうしようって、何度も思い出しちゃうの」
肉のぶつかる音、血の臭い、獣のように闘争をむき出しにした形相は、瑠璃子に多大なトラウマを植え付けたに違いない。
やはり、自分は彼女のそばにいる資格はない。
「だから、近藤さんが喧嘩しないように、見張ってるからね」
あ、私がトラブルに巻き込まれないように気を付けるのが大事か、と朗らかに付け足す。
もうそばに居たくないと告げられると思いきや、真逆の答えに「はぁ」となさけない声が漏れた。
「なに?」
気丈な態度に「俺のこと、怖くないのか?」と率直に訊ねる。
「なんで?」
「気を付けているつもりだが、頭に血が上るとやっぱり力の加減ができない。今回は神谷さんを傷つけなかったけど、今後どうなるかわからないから……」
「でも、近藤さん、私を助けたかったから、戦ってくれたんでしょう?自分より弱い相手には絶対手を出さないって信じてる」
笑った拍子に目尻から涙が伝い落ちる。自分でも信じられない衝動を目の前の少女は信じてくれるという。
「でも」
「この前は聞けなかったから返事聞かせてよ。近藤さん、私のこと好きでしょう?なら私のお願い、聞いてくれるよね?」
「お、俺は……」
言いよどむ徹の返答を、瑠璃子は瞳を輝かせながら待ち望んでいる。
観念して口を開こうとした、その時。
「瑠璃子っ!!」
女性の悲鳴に近い呼びかけが二人を引き裂いた。瑠璃子の母親は彼女に抱きつくと、娘以上に、わんわんと泣き叫び始めた。母親の取り乱しように意識を向けつつ瑠璃子は、恨みがましそうに徹を見つめた。
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