第9話 番犬くんと文化祭②
「ぐっ……近藤さん、超かわいい」
問答無用で写真を撮りまくる瑠璃子に抵抗する気力もおきず、徹は全力で試合に臨んだボクサーのように項垂れる。
廊下に椅子を出し、瑠璃子と二人並んで座っていた。
徹の頭頂部にはウサギの耳がにょきっと生えている。
「隣のクラスでバニーガールのラインダンスやってたの思い出してさ。男子でも意外と似合うから近藤さんも似合うはず」
恵梨香はサムズアップして請け合ったが、そんなわけあるかと内心毒づいた。
しかし、女子高生の可愛いの基準は理解できない。
カチューシャを装着した徹を誰もが「カワイイ~」と褒める。なかにはノリで言う娘もいるのだが、おおむね好評だった。
「未知との遭遇だ……」
頭を抱える徹の横で瑠璃子は「メイド執事喫茶、よろしくお願いしまーす」と呼び込みを続ける。
「近藤さん、自信もって!めちゃんこラブリーだよっ」
瞳をキラキラさせる瑠璃子に「どうも……」と口にする体力しか徹には残されていなかった。
ふと目の前に影が差し、顔をあげると、女生徒が立っていた。
「あの……、さっきは、助けていただきありがとうございました」
ぺこりとお辞儀する彼女に反応できずにいると、「絡まれてた子だよ」と瑠璃子が補足した。
「怪我はなかったか?」
「はい……」女生徒は、か細い声で答える。
いや、彼女を助けたのは瑠璃子ではなかったか。
「まあ、おんなじことじゃん」
瑠璃子は鷹揚に頷いた。
「それで、良かったら、これ……」
スッと差し出されたのは、綺麗にラッピングされた袋で、中にはクッキーが入っている。
「調理部で販売しているお菓子です。良かったらどうぞ」
徹は断るわけにもいかず、受け取った。
「わざわざ、ありがとうございます……」
丁寧に礼をすると、女生徒は頬を染めて、廊下を走っていった。友達と合流して興奮したようにお喋りをしている。
袋から取り出し一枚かじってみた。ほんのりと甘い。
隣に視線をやると、物凄い形相で瑠璃子に睨まれた。
徹は「食べるか?」と瑠璃子に進めるも、「いらない」とそっぽを向かれてしまう。
先ほどまでの上機嫌が嘘のように瑠璃子はむっつりと沈黙した。
徹を訪ねてくる女生徒が増えるにつれ、彼女の機嫌は悪くなっていく。
うさぎの耳をつけた強面顔がそんなに珍しいのかと思っていたが、どうやら先ほどの騒動がSNSで拡散されているらしく、時の人となった徹を見にくる者で廊下は溢れかえった。
女子の凄いところは集団になれば、怖いモノ知らずになるところだ。
「お名前は~?」
「学生さんですかあ?」
「歳は何歳?」
「趣味は何ですかあ?」
「好きな女の子のタイプは?」などあけっぴろげに質問してくる。
しどろもどろに答えると口をそろえて「かわいい~」と囀るのだからたまったものではない。
動物園のパンダにでもなった気分で、適当に対応していたのだが、突然、瑠璃子に腕をつかまれた。
「恵梨佳!ちょっと休憩してくる!」
教室内に声をかけ、瑠璃子はずんずん徹をひっぱっていく。
もしや、徹の態度に気を悪くしたのか、とハラハラした。
屋上手前の踊り場までくると、瑠璃子は肩で息をつき、ぺたりと座り込む。
徹もしゃがみ込み目線を合わせると、瑠璃子は抱え込んだ膝の間からぎろりと睨みつけてくる。
何がそんなに気に喰わないんだ、と徹は戦々恐々とした。
「……私、褒められてない」
ぼそりと呟かれた言葉の意味がわからず、目をぱちくりさせていると、「迷惑な客を追っ払ったのに、褒められてない!」と声を張り上げる。
クラスメイト達は瑠璃子を取り囲み、ものすごく感謝していたが。
何を思ったのか、瑠璃子は頭を徹に近づけた。
「撫でて」
「……はい?」
自分でも驚くほどの高音が喉から飛び出した。
「近藤さんには褒めてもらってないから、ご褒美。頭なでてよ」
上目遣いの瑠璃子に無意識に唾を飲み込む。
数秒の逡巡のあと、「し、失礼します……」と敬語で断りをいれ、瑠璃子の髪に手を伸ばした。
さらさらと手触りのよい髪を軽く撫でる。ふわりと鼻をくすぐる匂いはシャンプーの香りだろうか。
手が心臓になったみたいに、どくどくと脈がうるさい。
癖になりそうな肌触りに、動きを止めずにいると、ふふっと笑いながら瑠璃子は言った。
「かっこよかったかな、私?」
「……俺的には、もう少し慎重になってほしいんだが」
正義感が強いのはいいことだが、相手がもし間髪入れずに殴りかかってきたらどうするのだ。
刃物でも振り回して警察沙汰にでもなったら、ボディガード失格である。
「まあ、俺がいるところで啖呵切ったのは、えらいと思う」
目尻の力を抜く徹に、瑠璃子は、「……ずるい」と呟いた。
何と言ったか聞き取れず、徹は尋ね返す。
「いつもは人殺しそうな仏頂面なのに、ふわって目尻が緩むの、ストライクすぎるんだけど!」
頬に手を添えて、瑠璃子は言い切った。
「……俺は貶されているのか」
徹の言葉は耳に入っていないようで、滔々と瑠璃子は告白し続ける。
「さっき、女の子たちの前でも、そんな風に笑ってたよ。絶対、近藤さんの笑顔が気に入っちゃった子いるよ~、どうするの、ねえ」
慌てふためき徹のTシャツを掴む瑠璃子を、何かの冗談だろうと冷めた目で観察していた。
二十三年の人生でモテたことなど一度もない。
そして彼はモテ期なるものも信用していない。どうやったらそんな勘違いにいたるのか、瑠璃子の思考回路を疑った。
「心配しなくても、恋人契約に影響はないだろ」
もし徹を好きになる子があらわれ、両想いになったとしたら、契約を破棄されるのではないかと心配しているに違いない。
万に一つもそんな可能性はないため、すかさず否定した。
彼が他の子に想いを寄せたところで叶うはずもない。
そして徹を好きなってくれる人が現れるのは、地球に隕石が落ちてくる確率よりも低い。安心させようと発した言葉はしかし、瑠璃子には不評だった。
「近藤さん、何もわかってないんだから……」
瑠璃子は徹に指をつきつける。
「今後、私以外に笑わないこと!契約に追加よ、追加!」
そんなに信用がないのかと、徹は愕然とした。
彼女が満足するまで、誠実に仕事に励もうとしているだけなのだが。ショックを隠しつつ、まあそんなに笑う機会もないだろう、と了承した。
「ほんとに、絶対だよ」と念押しされ、何度も確認される羽目になった。
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