第5話 番犬くん、デートに誘われる

「交際している様子を婚約者に報告する……?」

「自称婚約者。私は一度も婚約した覚えないもの」


 徹は瑠璃子と待ち合わせ、カフェデートを敢行していた。席に着くなりスマホのカメラで徹とツーショットを撮っていたのは、そういう理由からだったのか。


「本当に私に彼氏がいるか疑ってるらしいの。だから婚約解消に雪彦さんは納得していないんだって」

「まあ実際、偽装だからな」


 瑠璃子の両親はすんなりと縁談を見送ることを認めてくれたのだが、問題は先方のほうにあったようだ。

 聞けば、縁談話は小森組からの申し出だったらしい。小森組の御曹司、雪彦は見目麗しく育った瑠璃子と一年前に業界のパーティーで再会し、ぜひお近づきになりたいのだと瑠璃子の父親に直談判した。

 しかし、いつまでたっても瑠璃子からの反応はなく、やきもきしているところに彼氏ができたので縁談はなかったことにしてほしいと返事をもらった。


 このタイミングでは、縁談を断るための偽装だと疑うのも、当然と言えば当然である。


「で、定期的に俺と神谷かみたにさんの交際状況を写真付きで報告しろ、と」

 ……こういうものはこっそりと調べるものなのではないだろうか。

 電柱の陰から探偵が、自分たちの姿をこっそりと写真に収める光景が思い浮かんだ。


 瑠璃子にそう告げると、

「あの人にそんな危ない橋を渡る度胸はないわ」

 クリームがたっぷり添えられたシフォンケーキを頬張りながら、瑠璃子は毒づく。


「調査を依頼するって危ないことなのか?」

「だって私たちがプライバシーの侵害だって訴えたら、雪彦さん的にマズいでしょう」

 行儀悪くフォークを振り、ぶすりとシフォンケーキに突き刺す。

「人を雇って女子高生を尾行させてるなんて会社で噂されたら、致命的じゃない?」

「だからって本人に直接証拠を出せっていうのも違う気がするけどな」


 納得のいかない徹とは違い、落ち着いた様子で瑠璃子は肩をすくめた。

「バッサリ断ってもよかったんだけど、やりすぎるとパパの会社にも影響出てきそうで、あんまり強気になれないのよね」


 徹はおやっと内心首をかしげる。


 あれほど父親を毛嫌いしていた彼女が、どういった心境の変化なのだろうか。

「何よ」と見つめる瑠璃子に「お父さんと仲直りしたのか」と確認すると、不愉快だと言わんばかりに唇をひん曲げる。


「私だって別に会社が潰れて欲しいわけじゃないもの。無用なトラブルは避けるべきだって思っただけよ」


 ふん、とそっぽを向く瑠璃子の照れ隠しに、可愛いところもあるなと見直した。

「……近藤さん、どうしたの?顔が二割増しで怖いんだけど」

 にやけるのを我慢していたら、瑠璃子に悲しい心配をされた。


「あっと、そうだ。近藤さん、再来週の土曜日の夜って空いてる?」

 就職活動は続けているが、進捗はよくない。よって徹は暇を持て余していた。


「何かあるのか?」

「夏祭り。結構規模の大きい花火大会があるから、交際記録を作るのに打ってつけかなと思って」

 特に用事はないと告げると、

「ほんとに!やったぁ!」

 両腕をあげ、喜ぶ瑠璃子を見ていると、本当に付き合っているような錯覚を起こしてしまう。


 しかし、所詮、金銭を介して契約した仲に過ぎない。

 百歩譲っても恩人でしかないのだ。

 瑠璃子は何処に行っても人目を引く美貌をもつ。現に今も男女問わず、ちらちらと好奇の眼差しが遠慮なく降り注いでいる。

 一方で、笑い声や囁きに、男の方は不釣り合いだと言う意味合いが込められているのでは、と勘ぐってしまう。

 徹本人が自覚していることだ。思いあがるわけがない。


「じゃあ、十九時に駅前に集合でいい?」

 スマホで開催場所と時間を検索していた瑠璃子が言った。

「近藤さん?」

 ハッと我に返った徹に対して、

「体調悪いの?」と瑠璃子は伸ばした手を、徹の額に当てた。

 突然の接触に椅子を鳴らして立ち上がる。一瞬であったが、ひんやりとした細い指の感触が額に残っていた。


「え、嫌だった?」

「え、あ、その……」


 まさか瑠璃子から触れてくるとは思わず、しどろもどろになっていると、「前に腕つかんだ時は何ともなかったよね」と不思議そうに首をかしげた。

 あの時は、瑠璃子の両親に意識を集中していて、それどころではなかった。

 街中とはいえ、二人で向き合っている今は状況が違う。改めて瑠璃子と二人なのだと自覚すると顔に熱が集まってくる。


 徹の反応に瑠璃子は、悪戯を思いついた子どものように笑った。


「……夏祭りはもっと触っちゃうからね、覚悟しててよ、近藤さん」

 わきわきと、くすぐるような指の動きを両手でしつつ、徹にむかって恐ろしい宣言をする。


「お手柔らかにお願いします……」


 そう言葉にするのが精一杯であった。

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