環七の仔

北緒りお

環七の仔

字幕 街は2大勢力により分断され、殺伐とした空気が流れていた。


【美しい街】の見本みたいなゴミ一つない景観。

その中にいがみ合う女性清掃員の姿。

総長 「われ! 誰のシマ掃除しとるんじゃ!」


会頭 「なんじゃわれ! 掃除するのに許可がいるんか!」


総長の背中のアップ

作業着の背中に暴走族のような刺繍で

『関東清掃連合 総長』

会頭の背中のアップ

『極掃会 会頭』


タイトル(嘘) 仁義なき清掃

いがみ合いの続きのシーン

総長 胸ぐらをつかみながら

「許可、許可って、役場かおのれ!

 ここを掃除していいのは代々ワシの組だけなんじゃい!」


会頭 「われの許可なんぞ必要になるかい!

 ぐだぐだ抜かしているとヘラで鼻そいだろかい!」

ガム剥がし用のヘラを取り出して総長の顔に突きつける。


総長 「なに、われー、われの腐れヘラで取られるようなヤワな玉じゃないわい!」

手にしていた洗剤を会頭にかけようとする。


総長と会頭がいがみ合っている間、

うしろではそれぞれの組の構成員(掃除のおばちゃん数名)が

お互いを牽制しながら掃除をしている。

片方が掃除しているバケツをひっくり返したり、

ヘラで地面の汚れをそいでいるところをモップでじゃましたりと

チマチマとした争いが続いている。


いがみ合う総長と会頭をバックにせこい戦い。

女性清掃員の間を縫って道夫が自転車で走っていく。

それを追いかけるサラリーマン。

手を伸ばして自転車の荷台をつかもうとするが、今一歩のところで届かず。

サラリーマン 「まて、自転車泥棒!」


~~すこーし回想場面~~

ここのシーンからコンビニ前でサラリーマンが自転車を盗まれるところまでワープ。


コンビニの前

サラリーマンらしき男性が自転車を停め店内へ。

鍵をかけずに入店したのを見逃さず、

すかさず自転車を盗む。

疾風のように自転車にまたがり、

すざましいまでの勢いで店から遠ざかる。

袋を片手に店から出てきて自転車がないのに気付くサラリーマン

あわてて追いかけようとするがもはや遅く

サラリーマンの自転車は遠くに見える。

全力で駆けていき、やっと自転車に追いつく。

サラリーマン 「止まれ!」


自転車を盗んだ少年は振り向きもせず、

立ちこぎで全力疾走しながらもサラリーマンに応える。


少年(道夫) 「止めない!」

サラリーマン 「止まれ!」


少年(道夫) 「止めない!」


徐々にフレームの中で二人が遠くになっていく。


遠くなっていく先には関東清掃連合と極掃会とのいさかい


サラリーマン 「………!(遠すぎて聞こえない)」


少年(道夫) 「…………!(同じように遠すぎて聞こえない)」

しつこく追いかけてくるサラリーマンをやっとの事追い払い、

自転車をひたすらこぎ続ける少年。

腕にはアスファルトのコールタールで色づいた砂利が黒々と光っている。




タイトル(正) 環七の仔



こいで、こいで、こぎ続けていく内に夜。

ほとんど力を出し切り、ふらふらになったところで

橋の下に寝床になりそうな空きを見つける。

自転車を停め、横になった瞬間に眠ってしまう。

眠り続ける少年を無関心そうに、けれども執拗に見続けているホームレス。


目を覚ます少年。

ホームレス 「おう、起きたか」


身構えつつも、つい朝の習慣で挨拶してしまう少年。

少年(道夫) 「おはようございます」


ホームレス 「おはようじゃないんだよ、暗くてよく見えないのは判るけっど、

 突然チャリンコで入ってきて、なんか動いてるって思ったっけ、

 ばたんキューって寝ちまって、一瞬死んだかと思ったけよう、

 そーと覗いてみてたっけイビキしてたから良かったけどよ、

 死んでたらどうしようと思ったぜえ。」

一気に言いたいことをいい、汚れきったシャツの胸ポケットからシケモクを取り出し、

拾ってきたとおぼしき百円ライターで火を付けて一服する。

少年(道夫) 「はあ」


少年、子供らしく人見知りをし、無愛想に返事をする。

話しかけることもなく、何となく並んで座ってシケモクが灰になるまで沈黙が続く。

ホームレス 「おめぇ、体中アスファルトびっちりじゃねえか、どうしたんだ?」


少年(道夫) 「どうしたって……」

うつむき、口ごもる

ホームレス 「まあ、誰にでも言いたくないことはあらぁな、

 身体のことは人それぞれだからな。

 俺も、片足こうなっちまってるし」

海賊みたいな木の棒の義足を少年にみせる。

「現場の事故でよぅ、猫車に砂利乗っけて運んでたのがひっくり返って、

 気付いたっけ、足が潰れてやんのよ。

 人間大きな事故をするととっさにはわかんないでやんのな。

 後から考えると痛すぎてしびれてたんだと思うんだけれどよ、

 まあ、とにかく痛くないわけよ。

 それで猫車起こそうと思ってよ立ち上がろうとしたら

 すねのあたりから曲がりやがってな。」

足をさすりながら饒舌にしゃべるホームレス。

よっぽど閑なのか、身振り手振りを交えてまだしゃべる。

「現場監督に言ったっけ、現場で事故が起きたなんて上に報告できないって、

 現場にいる人間に適当に病院つれてけって言ってたわけよ。

 それで無免許医がやってる所に連れて行かれたんだけれどもよ、

 そこが良くなかったんだ、キチガイみたいな医者でよ、

 そいつにこの足をやられちまったんだよ。」

少年、もはやどうでもいいという感じで棒きれで地面にイタズラ書き

「なんでか知らないけどもよ、運ばれてすぐに食堂に連れて行かれてんだよ。

 それで、白衣着たのと割烹着着たのとに囲まれてよ、

 『どうしたい?』なんてきかれたからよ、つい『かっこよく』なんて言ったっけ

 こんなにされちまってよ、かっこいいんだけれども仕事はできねぇな。」

少年に一方的に語りかけていたが、話し終わり一息つくと急に少年に向かい。


ホームレス 「そういえばこんな話しもあったっけな」

また話を続けようとするホームレス、

それをうんざりという表情で地面を見つめる少年。

どっぷりと日が暮れて夜。

さんざん話をして満足げなホームレス。

心なしかげっそりしている少年。

ホームレス 「まあ、身体のことは人それぞれだ、言いたくなければそれでもいい。

 おめえの身体、どうしたんだ?」

少年、目を伏して、口を開こうとしない。

ホームレス 「まあ、身体のことは人それぞれだからな。

 どうした?」

表情を変えるわけでもなく、ただただ黙り続ける少年。

ホームレス 「お互いに、事情ってのはあらぁな。

 で、どうした?」

少年、何があっても聞き出そうとするホームレスの意図を感じ取るが無視する。

ホームレス 「まあ、な。事情はいろいろあらぁな……」


ホームレスが言おうとしてるのにかぶせ、発言をさえぎるように。

少年(道夫) 「父さんが環七なんです。」


ホームレス、良く判らないが、痛く少年に同情。

ホームレス 「そうか、大変だったな。

 まあな『袖スリ合うも多生の縁』って言ってな、ここで知り合ったのも何かの縁だ。

 一つ仲良くしようじゃないか。

 ついては小僧、タバコか酒は持ってねえか。」

少年、首を振り持ってないことを伝える。

ホームレス 「そうか、持ってねえか。」


土手縁で肩を並べて座る二人。

ホームレス、安さだけで選んだであろうコップ酒を片手に少年に語りかける。

ホームレス 「小僧、どうするんだ」


うつむいたままでいる少年。

首をうなだれているが、

そのうなじのアスファルトが夕陽を受けた逆光で照り輝いている。

ホームレス 「小僧、なんでおめえ家出なんてしたんだ。」


少年(道夫) 「……父さんに会おうと思って」


ホームレス 「……会ったって、国道見てるだけじゃねえか」


少年(道夫) 「国道じゃねえよ! ……父さんだ」


ホームレス 「前に一度会ったことあるのか?」


少年(道夫) 「……ないよ。

 ないけども、地図で何度も見てるんだ。マピオンとかロードマップで」

ホームレス 「地図ったってなぁ、気持ちは判らなくはねえが……

 いや、やっぱよく判んねぇなあ」

少年(道夫) 「一度あって、ケリを付けなきゃいけないんだ」


ホームレス 「ケリってなんだよ」


少年(道夫) 「一度あって親父を……」

少年、言いかけるが、感情が先走り土手を拳で殴り始める。

土手を舗装しているコンクリートに少年のアスファルトのコールタールが

黒い点点を付けていく。

ホームレス 「事情はよく判らねえけど、親父をむやみに殴ろうってのは止めときな。

 親ってのはな、いつでも、どんなに離れていても

 子供のことをは頭のどこかにあるもんなんだよ。」

うなだれて何も言わない少年。

「環七って言えば、都内をぐるっと囲むそれなりに大きな道だろうよ。

 人並みじゃないと思うぜ、おめえの親父さん。

 初めて会うんだったら、ひとまず、おめえの親父がどういう働きをしてるか

 よく見てみるんだな。」


少年、うなだれて何も反応をしない。

ホームレス 「まあ、会ったところでただの道だろうけどな。」


ホームレスの頬に少年の拳がめり込む。

そのまま、ホームレスを一別することもなく自転車に乗り込み一気に駆け出す。

少年は気付かないが、後輪のタイヤがガタがきはじめている。

下り坂に入り、勢いよく達こぎをし始める。

ガタが来ている後輪がはずれ、ダイナミックに転ぶ少年。

転がるように滑り、やっと止まったが、痛みでうめく。

やっと周りを見回せるようになったところで目の前にある看板が目にはいる。

『緊急医療と定食の店

 寺田屋(医院)』

看板の下の方に、コピー用紙に手書きで「自転車修理始めました」の張り紙。

病院(定食屋)の窓から白衣を着てお膳を下げているおばさんと目が合う。

おばさん、店から駆けだしてきて一言。

定食屋のババア 「ぼく、ケガしちゃったの?」

(兼看護婦)

少年、すりむいた腕と膝をさすりつつも、急いで立ち去ろうとする。

しかし、獲物を見つけた定食屋のおばちゃんは

少年の腕をつかんでむりやり引き留める。

定食屋のババア 「大丈夫よう、こう見えても腕はいいんだから。

 今日のおすすめはマグロ丼定食と部分麻酔だから、なにか注文があったら言ってね」

一方的に話しながら少年をむりやり連れ込む。

店の中

むやみに包帯を巻き付けられた少年。

主治医とおぼしき定食屋の親父が少年を見下ろすように少年に話し始める。

定食屋の親父 「もうちょっと派手なケガしてくれるとやりがいもあるんだがなあ。

(兼医者)  なあ、なんかオペするか?」

ケガをしているのは腕と足ぐらいなのだが、

顔全体に包帯を巻かれ、口を開けない少年。

懸命に顔を振り、オペを断る。

定食屋の親父 「今だったら診療報酬4割引セールだから今の内に受けときなって。

 おまけで内視鏡もやってやろうか?

 (厨房に向かって)おい、そろそろ夜の仕込み始める時間だろ、

 いつまでも白衣洗ってないで、米研げよ!!」


親父、厨房に向かい一通り怒鳴り終わると

もう一度少年に向かい不敵な笑顔を向け

定食屋の親父 「どうだ? なんだったらサービスで透析もしてやろうか?」

少年、首を振る。

定食屋の親父 「そうだ、いいものがあるぞう」


そう言って取り出したのがホームレスが足につけていた海賊みたいな義足。



定食屋の親父 「海賊と同じ足だ。かっこいいぞう。

 膝すりむいてるんだろう、そこから先を落として、この足にするとかっこいいぞう」

少年、顔を思いっきり横に振ることでかろうじて拒否したいのを伝える。


親父がかろうじてあきらめるのを待つように定食屋のババア

定食屋のババア 「坊や、保険証持ってきてないでしょ。

 あなたのお財布の中におうちの人らしい人の名刺があったら

 おばちゃん連絡しておいてあげたから。

 定食屋の夜の部が終わるまで安心してゆっくりおやすみなさい」

そういうと、少年に酸素マスクのようなものをかぶせ、

その先につながっている「睡眠ガス」のバルブを全開にする。

ものすごい勢いでガスの煙をすわされる少年。

せき込みながら、そのまま意識を失う。

ババア、定食屋の片隅にあるカーテンでしきってあるだけの

診療室のカーテンを閉じて厨房に戻ってしまう。

窓の外は完全に夜。

少年、やっと意識を取り戻す。

全身を包帯でぐるぐる巻きにされてしまい身動きがとれないが、

つま先にちょっとの包帯のゆるみを見つけてもぞもぞとほどきにかかる。

少年(道夫) 「………!」

「………!」

一人で組んずほぐれつしながらやっと包帯をほどけ始めてくる。

定食屋のババア、定食屋の片づけの手を休めて少年の姉に電話している。

定食屋のババア 「(なにやらやりとりをしている)…………、

 国道沿いにある寺田屋っていう赤十字の入った提灯がかかってるところだから、

 まあ、来れば判るわよ。

 (姉が電話の向こうで何か話し)

 そうなのよ、大したケガじゃないんだけどね、

 ほら、傷が残っちゃうとかわいそうでしょ。

 ちょっと見た目大げさだけど、ちゃんと治るようにしておいたから。

 ところで、弟さんに先端医療受けさせてみない?

 今だったら24回払いで払いで弟さんのクローン作ってあげるわよ。

 金利手数料もこっちで負担するからぁ」

少年、親父とババアが片づけやらでばたばたしているのをいいことに、

勝手にベッドを抜け出し脱出を計る。

こっそり表に出ると、いつのまにやら自転車が治っている。

自転車に乗り出そうとしたところ、荷台にカルテらしきファイルがおいてあり、

腹立ち紛れに思いっきり遠くへ飛ばす。、

夜明け近く、都内らしき道を延々と自転車で走り続ける少年。

遠く歩道から呼びかける声。

姉 「道夫! 待ちなさい!!」


少年、振り払うように急ごうとするが、なにぶん身体の半分が環七なだけあり、

急いでも急がないでもたいしてそくどが変わらない。

姉 「道夫! 子供じゃないんだから、言いたいことがあるならちゃんと言いなさい!」

少年、全速力で走っているつもり。

姉 「道夫!!

 あなた、子供と違ってちゃんと中央分離帯もできてきたんだから、

 子供みたいなことしないで、いい加減止まりなさい」

観念したのか、それとも疲れたのか判らないが、

ひとまず姉の言うとおり道ばたに止まる。

少年(道夫) 「なんだよ、ねーちゃん」


姉 「なんだよじゃないでしょ、病院みたいなところから電話かかってきて、

 クローン作るのなんのって言われたら、心配になるのが当たり前じゃない!

 だいたい、なんであなた家出したの?

 お母さんが心配してるから早く帰りましょ、ね。」

少年(道夫) 「やだ、親父に会うまで帰らない。」

姉 「親父って、あなたのお父さん環七じゃない。

 国道鑑賞でもしたいの?」


少年(道夫) 「そんなんじゃねーよ!

 一度会わなきゃならないんだよ!

 俺をこんな身体にした親父によ!!」

姉 「別にあわててあわてて会わなくてもいいじゃない。

 それに、あなた。お父さん似だから鏡見てればいいじゃない」


少年(道夫) 「よくねーよ!

 うるせーな!

 もう帰れよ!!」

姉 「道夫、別に怒鳴らなくてもいいじゃない。

 どうしても会いたいの?」

道夫、静かにうなずく

姉 「あなたが生まれたときはそれは大騒ぎだった。

 だって、アスファルトにまみれた赤ちゃんが産まれたんだから。

 でも、お母さんは知ってた。

 あなたを身ごもった時に、おなかの中の子供は国道だって事を。」

道夫、静かに姉の話を聞いてる

姉 「生まれてきたら何があってもあなたを守り続けるって

 お母さんは考えるはず。

 でも、あなたも、もう自立し始める頃だから

 自分の思うようにするのもいいんじゃないかな。

 そのかわり、お母さんが悲しむからちゃんと帰ってきなさい。」


道夫、静かにうなづき自転車にまたがる。

そして、ペダルをこぎ出す。

姉 「道夫!

 環七はあっち」

あわてて逆方向に自転車を立て直す道夫。

姉 「道夫!

 向こうで舗装してるからアスファルトかけられないように気を付けなさい!」

道夫、急に怒り出して、姉を突き飛ばす

少年(道夫) 「うるせーな!」


突き飛ばされて転ぶ


姉 「痛った~」



字幕 3年後

道夫と同じような子供を連れた道夫の姉が子供に話しかけている。

「………それで、道夫おじさんと同じようにあなたができたのよ。

 ほら、ここがあなたのお父さんの明治通り」


夕陽にてらされる母と子。

物語の終わりっぽく、フレームを引いていく。

それを離れたところで見ているホームレスが思いっきり引いたフレームの端に映る。


ホームレス 「いいはなしじゃねぇか。

 涙がとまらねえな」


一人で感慨に耽っているところに関東清掃連合のおばちゃんが

竹箒で道ばた掃除しながら現れる。

掃除婦 「ちょっと、あんたどきなさいよ」


ホームレスを邪険に追い払うように掃除を進める。


掃除婦とホームレスほぼ無言で押し合うようなみみっちい小競り合い。

掃除婦のおばちゃんがこけそうになり、反射的に手を出し身体を支えるホームレス。

ホームレスの腕の中にささえられ、思わず頬を赤らめる掃除のおばちゃん。

ホームレス 「俺の部屋、掃除に来るか?」


静かにうなずく掃除のおばちゃん。

二人で手をつないでフレームアウト。

了  

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環七の仔 北緒りお @kitaorio

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