22

 その日の朝、ぼくはいつになく襟を正し天使の部屋を出ていった。


 停職処分が明けた日、ぼくはコンコンコンと社長室のドアを叩いた。

 失礼します。

 「よう(笑)」

 そこには社長がいた。まるで親戚のおじさんにでも会いに来たような感じだ。社長と会うといつもこうだった。十中八九そうではないだろうが、社長はぼくと話したがっていたようだった。

 「……ま、座れよ」と社長が言った。


 「……おもしれぇなお前(笑) 何だよ、ポッピング・シャワーって(笑)」そう言って社長はカッ、カッ、カッ、と笑った。

 社長は器の大きい人だった。社長だけが唯一この会社でぼくを認識してくれていたのだった。本当にすごい人は認識力が違う。ぼくのすべてを見抜かれている気がした。そして、こんな変わり者のぼくでも受け入れてくれる包容力があった。

 後で知ったことだが、役員会の件でも社長はただ一人ぼくを擁護してくれ、ぼくは懲戒解雇を免れていたのだった。


 非常にフランクな時間(とき)が流れた。


 「お前最近何やってんだよ、それで」と社長が言う。

 実は小説を書いてまして。

 「へぇー、すげぇな! おもしろそうじゃん」と社長が言う。「読ましてよ(笑)」

 はい、いつか。

 そんなこんなで頃合いを見てぼくは言った。

 社長。この度は誠に、度重なるご迷惑をおかけし、大変――以下省略。

 すると社長が言った。「……気にすんなよ(笑)」

 ……さすがにこれにはぼくもきょとんとした。

 そして社長は続けた。「どんどん好きなことやりゃいいんだよ」

 とんでもなく器の大きな人だった。

 はい……。

 「会社なんて関係なくたってよ」と社長が言う。

 はい……。そう言われてぼくは目が潤んだ。

 「そうしていつかまた戻って来いよ」と社長が言う。

 はい……。

 「どうしたいかなんてお前が決めりゃいいんだからさ」

 はい……。ぼくはもはや涙が止まらなかった。

 そしてぼくは言った。

 ……社長。今まで大変お世話に…………なりました。


 こうしてぼくは机に忍ばせていた切り札を切った。

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