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ぼくは小説を書いていた。
書いているとさまざまな思いが巡った。これまでの軌跡がプレイバックした。
つまらない仕事。地下のバー。天使と飛んだ夜。病院。ケイコ。『PSC』。ステージ。キャンプ。放送事故。……いろいろやらかしてきたなぁ。
あるいは、ふと自分の留学時代の思い出が巡った。
飛行機。はじめての海外。かつてないワクワク。脳内音楽は『NEXUS 4』。日本人の名前は聞き取ってもらいにくい。変なイントネーションで呼ばれる。リスがでかい。月の石かのような黒い化石色のクッキー。ルームメイト。アメリカとイスラエルのハーフ。マリオみたいで最初イタリア人かと思った。とてもいいやつ。ヘブライ語で中東情勢を聞いていた。ニューヨークに三週間滞在。ルームメイトの家に泊まらせてもらう。ボストンの街並みは洒落ていて、自分の理想が具現化してくれていたかのようなダメージジーンズを買う。ワシントンDC。スミソニアンは無料。零戦やリンドバーグ号の実物。小さなギャラリー。ゴッホの『部屋』の実物を見る。時間を忘れる。本物はオーラがある。インディアナは何もない。地平線までトウモロコシ畑。道や道路がだだっ広い。娯楽はあまりない。あらゆるものが雑でも大丈夫。二段ベッドで集団で相部屋のモーテル。フランスから来て旅しているという青年。自分ももうどこででも生きていけるのかもなと思う。ランドリールームの乾燥機のパワーは桁違いでホカホカ。日本料理屋はだいたい中国系。ニューヨークのチャイナタウンは映画の街並みと雑踏。マンハッタンには洒落たカフェが至る所にある。まさかの大寒波。長距離バスを間違えて途中で降りる。途方に暮れる。路面店の不動産屋で助けを求める。電話でタクシーを呼ぶ。あまりにも通じなくて死ぬのかと思う。とりあえずそこに行くから待ってろと言われる。奇跡的に生還する。フィラデルフィアとシカゴは行きそびれた。西海岸には行かなかった。パンダエクスプレスはおいしい。日本人だが軽んじられはしなかった。バックストリートボーイズは未だに大学生の定番。普通にノーパンで歩く人々。頭で考えて変換した英語は通じない。一から真似るしかない。音声学が役に立った。買い物して欲しいものがなくなる。生きていて欲しいものが一旦なくなった。その頃からものを書いてみたいと思うようになった――。
こうして曲がりなりにも執筆していて確信したのは、確かな思い出や、必要なアイディアは消えないということだった。
しかし。
浮かんでは書き、消す。書き、消す。書けなくなる。オーバーヒートを起こす。休む。書けなくなる。繰り返し。……。
ひとまず、誰でもこんな感じなのだろうか? はたして、書いたこともない小説など、本当に完成するのだろうか?
目的は、単純でありながらも終わりなきものであった。
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