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 残された時間は少ないのだと、なぜ分かっているふりをしていたんだろう。

 今日、ぼく自身にも終わりはやってくるのかもしれない。

 ぼくも、ああして終わるのだろうか。

 しかし、ケイコは見事に善きものを体現してみせた。

 そして去っていった。

 ぼくも。


 ポッピング・シャワー・クロニクルはボーカリスト・ケイコの他界を発表した。

 テレビ生放送のライブ出演が決まっていた新人アーティストの突然の訃報。

 こうして望まぬ形での世間の注目を集めた。そしてさらに何かしらの声明を発表せざるを得なくなった。

 ケイコがいなくなっても、ぼくらは追悼として出演することにした。

 そして、ポッピング・シャワー・クロニクルは、追悼としての一夜限りのテレビパフォーマンスを最後に、解散すると告げた。


 百万人が観ていようと、当事者には関係なかった。


 当初、何組か出演する中のトップバッターとしての起用だったが、番組の出だしからお通夜ムードになってしまうからと、ぼくらの出番は急遽最後に回された。


 「続いては、ポッピング・シャワー・クロニクルです」と司会者の人が言う。

 こうしてその夜は始まった。

 …よろしくお願いします、とマイクを持ちながらぼくが言う。天使は横で会釈だけする。

 この日天使はサングラスを掛けていた。サングラスをした天使の感じは、さながらラルク・アン・シエルだった。

 女性アナウンサーが今回の事情を説明してくれる。

 「……残念だよね」と司会者の人が言う。

 …ええ、ほんとに、ぼくたちも驚いています、とぼくが言う。哀しいです。

 天使は無言だった。

 「思い出とか……何かありますか」と司会者の人が言う。

 …そうですね、とぼくが受け取る。

 いや、まずいぞ。その質問は今しないでくれ、とぼくは心の中で思う。

 直近でメンバーでキャンプに行きまして、とぼくが口に出して言う。

 あれはいい思い出だな、とぼくは少し泣きそうになりながら心の中で思う。

 すごく楽しかったのが印象深いです、とぼくは口に出して言う。

 ほんとはもっと言うことあるのにな、とぼくは心の中で思う。

 「……天使はどうですか?」と司会者の人が水を向ける。アーティスト名はそのまま「天使」だったが、しまった……大丈夫か?

 「そうですね」とマイク片手にサングラスした天使が答える。「思えば僕が誘ったのが思い出深いです」

 「…バンドに?」と司会者の人が聞く。

 「ええ、バンドに」と天使が答える。

 「あっ、そうなんだ。へぇー」と司会者の人が言う。

 「はい…」と天使が言いながら、うん、うん、うん、うん、うん、と確かめるように頷く。

 「はえー…」と司会者の人。

 案の定、気まずい沈黙が流れる。

 「そんな彼女に捧げたいです」と天使が間を埋めた。

 「それじゃ、スタンバイの方よろしくお願いします」と司会者の人が言う。

 拍手で送られ、ぼくらは席を立った。


 今夜披露する楽曲は、ぼくらの代表的な曲だった。思えばどれもケイコがつくった曲。いや、みんなでつくった。生んだのがケイコだった。


 ぼくと天使は位置について楽器を受け取る。当て振りではなく、生演奏だ。ロックバンドだから――。

 今回、ドラムは打ち込みではなく、番組側がプロのミュージシャンの人を用意してくれていた。きっと、ぼくら二人だけでは画(え)が持たなかったせいだろう。

 センターマイクが立ったままの、ヴォーカル不在のロックバンド――。

そこには手向けの花が置かれ、歌は、音源のケイコの声が流される。


 「それでは参りましょう」と司会者の人。

 「ポッピング・シャワー・クロニクルで――」と女性アナウンサー。

 「どうぞ」


 サングラスを外した天使と見合わせてカウントを取る。そうして演奏をスタートさせる。

 緊張よりも懐かしさが勝(まさ)る。

 前奏を終え、ケイコの歌が流れ始める。

 そして不意に胸を打たれる。

 ぼくから見て左で歌っていた。

 天使とぼくで攻撃的なコーラスを入れる。

 ああ。くそう。

 視界が霞(かす)んだ。

 壊れないと良いものは生まれない。

 その日、天使のギターは泣いていた。

 サビがくる。思い出が溢れる。

 ああ。ずっとこうしていられると思っていたな。

 壊れないと良いものは生まれない。

 演奏が終わりに近づく。

 この日は、追悼ということもあり、後奏の尺は長めに取ってもらっていたが、事件は起きた。


 溢れる思いでぼくは感情が堰(せき)を切って、ベースを叩くように、最後鳴らし続けた。それに呼応するように、天使のギターは暴れ出した。

 ざわつきだす出演者一同。

狂っていく二人。ぼくらは終わる。そう、まもなく。

 ドラムの人は置いてきぼりだった。

 曲は終わったが、後奏が切れない。いつまでも続く。激しく鳴らし続ける。ぼくらは最後。

 ドラムの人が終わらそうにも終われない。

 ギターが吠える。ベースがボワンボワン地鳴りしている。どこまでも。どこまでも。

 慌てるスタッフの人たち。

 うわあああああああああああああああああああああ、と感情が爆発するぼく。

 おらあああああああああああああああああああああ、となりふり構わぬ天使。

 口をあんぐりと開ける司会者の人。

 気がつくと最後ぼくは、弦の最後の一本を引き千切ったあと、ベースを杖にしてかがんでふさぎこみ、しばらく顔を上げられなかった。

 天使はギターを振り回しながら尚も弾き、やがてサイレンのようなハウリングを起こし、ついにはネックを持ってぶん回し、あちこちへと叩きつけた。


 その夜、軽い放送事故になった。

 天使のギブソン・レスポール・サンバーストが、マーシャルアンプの網あみの面に突き刺さっていた。


 『PSC』はこうして終わった。


 ポッピング・シャワー・クロニクル。

 弾ける、雨の、年代記。

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