16
残された時間は少ないのだと、なぜ分かっているふりをしていたんだろう。
今日、ぼく自身にも終わりはやってくるのかもしれない。
ぼくも、ああして終わるのだろうか。
しかし、ケイコは見事に善きものを体現してみせた。
そして去っていった。
ぼくも。
ポッピング・シャワー・クロニクルはボーカリスト・ケイコの他界を発表した。
テレビ生放送のライブ出演が決まっていた新人アーティストの突然の訃報。
こうして望まぬ形での世間の注目を集めた。そしてさらに何かしらの声明を発表せざるを得なくなった。
ケイコがいなくなっても、ぼくらは追悼として出演することにした。
そして、ポッピング・シャワー・クロニクルは、追悼としての一夜限りのテレビパフォーマンスを最後に、解散すると告げた。
百万人が観ていようと、当事者には関係なかった。
当初、何組か出演する中のトップバッターとしての起用だったが、番組の出だしからお通夜ムードになってしまうからと、ぼくらの出番は急遽最後に回された。
「続いては、ポッピング・シャワー・クロニクルです」と司会者の人が言う。
こうしてその夜は始まった。
…よろしくお願いします、とマイクを持ちながらぼくが言う。天使は横で会釈だけする。
この日天使はサングラスを掛けていた。サングラスをした天使の感じは、さながらラルク・アン・シエルだった。
女性アナウンサーが今回の事情を説明してくれる。
「……残念だよね」と司会者の人が言う。
…ええ、ほんとに、ぼくたちも驚いています、とぼくが言う。哀しいです。
天使は無言だった。
「思い出とか……何かありますか」と司会者の人が言う。
…そうですね、とぼくが受け取る。
いや、まずいぞ。その質問は今しないでくれ、とぼくは心の中で思う。
直近でメンバーでキャンプに行きまして、とぼくが口に出して言う。
あれはいい思い出だな、とぼくは少し泣きそうになりながら心の中で思う。
すごく楽しかったのが印象深いです、とぼくは口に出して言う。
ほんとはもっと言うことあるのにな、とぼくは心の中で思う。
「……天使はどうですか?」と司会者の人が水を向ける。アーティスト名はそのまま「天使」だったが、しまった……大丈夫か?
「そうですね」とマイク片手にサングラスした天使が答える。「思えば僕が誘ったのが思い出深いです」
「…バンドに?」と司会者の人が聞く。
「ええ、バンドに」と天使が答える。
「あっ、そうなんだ。へぇー」と司会者の人が言う。
「はい…」と天使が言いながら、うん、うん、うん、うん、うん、と確かめるように頷く。
「はえー…」と司会者の人。
案の定、気まずい沈黙が流れる。
「そんな彼女に捧げたいです」と天使が間を埋めた。
「それじゃ、スタンバイの方よろしくお願いします」と司会者の人が言う。
拍手で送られ、ぼくらは席を立った。
今夜披露する楽曲は、ぼくらの代表的な曲だった。思えばどれもケイコがつくった曲。いや、みんなでつくった。生んだのがケイコだった。
ぼくと天使は位置について楽器を受け取る。当て振りではなく、生演奏だ。ロックバンドだから――。
今回、ドラムは打ち込みではなく、番組側がプロのミュージシャンの人を用意してくれていた。きっと、ぼくら二人だけでは画(え)が持たなかったせいだろう。
センターマイクが立ったままの、ヴォーカル不在のロックバンド――。
そこには手向けの花が置かれ、歌は、音源のケイコの声が流される。
「それでは参りましょう」と司会者の人。
「ポッピング・シャワー・クロニクルで――」と女性アナウンサー。
「どうぞ」
サングラスを外した天使と見合わせてカウントを取る。そうして演奏をスタートさせる。
緊張よりも懐かしさが勝(まさ)る。
前奏を終え、ケイコの歌が流れ始める。
そして不意に胸を打たれる。
ぼくから見て左で歌っていた。
天使とぼくで攻撃的なコーラスを入れる。
ああ。くそう。
視界が霞(かす)んだ。
壊れないと良いものは生まれない。
その日、天使のギターは泣いていた。
サビがくる。思い出が溢れる。
ああ。ずっとこうしていられると思っていたな。
壊れないと良いものは生まれない。
演奏が終わりに近づく。
この日は、追悼ということもあり、後奏の尺は長めに取ってもらっていたが、事件は起きた。
溢れる思いでぼくは感情が堰(せき)を切って、ベースを叩くように、最後鳴らし続けた。それに呼応するように、天使のギターは暴れ出した。
ざわつきだす出演者一同。
狂っていく二人。ぼくらは終わる。そう、まもなく。
ドラムの人は置いてきぼりだった。
曲は終わったが、後奏が切れない。いつまでも続く。激しく鳴らし続ける。ぼくらは最後。
ドラムの人が終わらそうにも終われない。
ギターが吠える。ベースがボワンボワン地鳴りしている。どこまでも。どこまでも。
慌てるスタッフの人たち。
うわあああああああああああああああああああああ、と感情が爆発するぼく。
おらあああああああああああああああああああああ、となりふり構わぬ天使。
口をあんぐりと開ける司会者の人。
気がつくと最後ぼくは、弦の最後の一本を引き千切ったあと、ベースを杖にしてかがんでふさぎこみ、しばらく顔を上げられなかった。
天使はギターを振り回しながら尚も弾き、やがてサイレンのようなハウリングを起こし、ついにはネックを持ってぶん回し、あちこちへと叩きつけた。
その夜、軽い放送事故になった。
天使のギブソン・レスポール・サンバーストが、マーシャルアンプの網あみの面に突き刺さっていた。
『PSC』はこうして終わった。
ポッピング・シャワー・クロニクル。
弾ける、雨の、年代記。
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