17

 ぼくらはテレビパフォーマンス後、人々に顔を指され、簡単には外を出歩けなくなっていた。そりゃそうだ。衆目を集めた上での生放送で、ふつうにやらかしたからだった。不覚にも伝説をつくってしまった。これがぼくの望んだことだろうか?


 会社を謹慎中だったぼくは、テレビに出たことで違反と副業がバレ、役員会に呼び出された。久しぶりの出社でぼくはビクビクしながら、道化(どうけ)の修羅と化す。


 「今回のこと、どう思ってるんだね」と社内報でしか見たことのなかった役員が言う。

 はあ。何か。

 「なぜ会社に無断であれこれするんだね」と名前しか知らなかった役員が言う。

 ワークライフバランスです。

 「君は会社における自分の立場を理解しているのかね」とまったく知らない役員が言う。

 席は窓際にあります。

 「君はこの会社における何なんだね」と常務が言う。

 新種の悪性新生物ですかね。

 「君はこの会社で何がしたいんだね」と専務が言う。

 わかりません。

 こうしてぼくは無期限の停職処分をくらった。


 興味がないものには一ミリも心が動かなかったぼくには、「ふりをする」ということなどできなかった。当時のぼくは、そういうことにはただ単に興味がなかった。そしてぼくは、心底どうでもいいものに対しての態度が露骨すぎた。

 しかし、古い価値観に基づいて築かれたシステムの中にいては、縛られてそのことしかできなくなってしまう。自分の存在位置というのは常に一定ではなく、いつも状況は移り変わっている。ぼくらのやっていることはいずれ古くなって、やがて後ろからやって来た人に道を譲るしかないのだろう。


 ケイコの件で天使とあからさまに話したりはしなかったが、きっとぼく自身に何かを気づかせようとしているのは明白だった。

 天使はなぜぼくをケイコと出会わせたのだろう。聞いても教えてくれるようなやつではないので、自分で考えるしかなかった。

 「それはおまえ自身が悟って行動を起こさないと意味がない――」


 思えば、ケイコの寿命は元から少なかった。自殺未遂からの善きものだった。

 ぼくは脳無しとはいえ、自分が死ぬような心当たりは何もなかった。


 ぼく自身の善きものとは、バンドを組むことだったのだろうか。

 違う気がする。

 ケイコを見てぼくはどう思っただろう。

 天使はぼく自身の善きものに気づいているのだろうか?


 ケイコを見て触発される部分も多かった。

 ケイコがいた頃は意識していなかったが、作詞作曲をして自分で歌っていた彼女は、間違いなくオリジナルなものを生んでいた。

 そしてそれを残していった。

 この瞬間、ぼく自身にも終わりは近づいている。ならば……。


 死ぬ前に、ぼくもそうしたいと思った。ぼくも自分の生きた証としてオリジナルなものを残したい。そうやって死んでいきたい。いや、そうやってからでないと死ねない……。

 考えた末、ぼくは小説を書くことにした。この日々を記録することにした。

 この狂おしい日々を題材に、自らの生きた証を残すことに決めた。残された時間は少なく、さらに狂って壊れていくことになるとしても。


 ある日ぼくが部屋で小説を書いていると、天井から落ちてくる灰で作業続行不可能になった。天井どころか、もはやアパート全体がぼろぼろと剝がれて灰になりつつあった。

 ぼくは困ったなと思い、天使に電話した。

 「どれ」と天使が言い、夜に現れた。

 天使が現れるまでの間、ぼくは部屋を片付けながら思い出が巡った。この部屋は、ぼく自身の燻り続けた思い出の住処(すみか)でもある。

 天使が現れると、ぼくは外から部屋を眺めながら考えていた。

 結論から言うと、その日、ぼくは自分の住んでいた部屋を燃やした。

 アパートにはもうだれも住んでおらず、隣に住むオーナーも家を引き払っていた。それどころか、この街区一帯にもう殆どだれも住んでいなかった。


 天使は、二階建てアパートの二階にある自室を眺めるぼくを、横から見遣(みや)っていた。

 二人とも何も言わなかったが、ぼくの隣に立つ天使は勘付いている様子だった。

 ぼくは自分が何をしようとしているのかはわかっていた。

すると天使はタバコを一本取り出して口にくわえ、火をつけて煙を吐いてから無言で「ほれ」と差し出し、ぼくはそれをつまんで受け取って、窓から部屋へ放り入れた。

 火は一瞬で燃え上がった。


 こうしてぼくは、自分が燻り続けた思い出の部屋を燃やした。感慨が火とともに揺らいでいた。

 結局のところ「満足」というものは、世界が自分のものだと思えたときにだけ存在するのだった。

 「おれの部屋へ越してくるといい」と天使は言った。

 その夜、自分の部屋が燃え、やがてアパート全体が燃えるのを見た。

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