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 今夜ぼくらは演奏中にゴミを投げられたり、飲みかけのペットボトルが飛んでくるかもしれない。ライブとはそんなに甘くない。だがそうされたら、はじき返すまでだ。

 やれることはやりすぎたくらいやって、初ステージを迎えた。プロモーションをやりすぎたせいか、ライブハウスは稀に見る大入りだった。

 本番前の楽屋。

 「いくぞおらぁ!」と、なぜか天使が円陣で音頭を取っていた。

 「最高の一日にしてやろうじゃん!」とケイコが気合いを入れる。

 いいね! とぼくも続いた。

 そしてステージに上がった。


 初めてのライブのことはあまり覚えていない。ただ演奏に夢中で、頭を振り、観客に煽られては煽り返した。

 客席の後ろのほうに幼い女の子がいた。

 ケイコの歌声を先頭に、天使とぼくがコーラスで加勢する。ケイコの歌は踊り、ぼくのベースは歌い、天使のギターは鳴いた。

 観客の反応が好奇から驚きに変わっていったのは、ステージから見てよくわかった。

 その日ケイコは、人生最高の日を更新したと言った。

 終演後、見に来ていた音楽関係者に、メジャーデビュー候補のバンドが集まるライブに出てみないかと言われた。

 ぼくたちは打ち上げへと急いだ。


 ある日、ぼくが自宅でバンドの曲を練習していると、天井から灰が降ってくるのに気づいた。

 しばらく会社に行かなくてよくなったぼくは、最近のニュースを見なくなっていたが、どうやらどこかの山が噴火して、火山灰が降り始めていた。

 ぼくのアパートの向かいの家は、取り壊されて回収されずじまいのガラと化していた。

 「おまえは醒(さ)めすぎているよ」と、ぼくの部屋で筋トレしながら天使が言う。

 「この狂った世界で、チューニングを間違えている。自分も狂っているくらいでちょうどいい」


 天使はバンド活動と並行して、骨董品を蒐集(しゅうしゅう)していた。

 謎のアンティークを買う。あるいは、何にそんなもの使うんだ?と言いたくなるような道具を買う。この話はまた後で話そう。

 一度アンティークショップ巡りについていったとき、聞いてみた。

 ……それ、どこに飾るんだい?

 「おれの部屋だ」と天使は言った。

 天使は盆栽や陶芸やアクアリウムなども好きで、小さな理想世界の創造に余念がなかった。天使は天使なりに、この世界からの気紛れを求めていた。


 ある日、ぼくはゲオのDVDを間違ってTSUTAYAに返却し、電話で知らされ、困りますと言われて取りに行った。そもそもネットの動画配信サービスの品揃えが――以下省略。

 再返却を済ませた店内に懐かしい曲が流れていたので、ふともう一度過去に観たやつでも借りようと思い、棚を物色した。

 すると、いつも見かける幼い女の子がいた。しゃがんで一番低い位置のタイトルを順繰りに眺めている。……なぜ、いつもいるんだ?

 少女はぼくと目が合うと、しばらくそのままでいた。そして、走った。

ぼくは後を追い、角を曲がるとその子は消えていた。

 最近のぼくは狐につままれ続けている。頬をつねられても醒めない自信がある。

 女の子を見失ったその場所には、『エターナル・サンシャイン』が平置きされていた。そうだ、映画を借りようとしていたんだった。

 好きな映画だった。でも気分じゃないんだよなと思い、『ファイト・クラブ』を借りた。

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