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 開けると吊り下げられた呼び鈴が揺れる写真館の入り口をくぐると、一人の若い女性が現れた。ぎょろ目で、茶色と黒と金の三色カラーの髪をしている。ずいぶん派手だな、とぼくは思った。

 「いらっしゃいませー!」と言うなり、女性は不意打ちでポラロイドカメラをぼくらに向けて、シャッターを切ってきた。ストロボが瞬(またた)く。

 ぼくは言葉を失う。

 「写真は紙での保存をおすすめします」と言い、女性は出来たてのポラロイド写真に息を吹きながらパタパタと振り、どうぞと差し出した。

 写真にはみっともない顔をしたぼくと、視線を逸らした天使が映り、その後天使の姿だけじわじわと薄れて消えていった……。

 「天ちゃん、ようこそ!」と女性が言うと、「やあケイコ」と天使が応じた。

 彼女にも天使が見えている。この世界はどこまでも狂っている。 

 「この人は?」とケイコが言い、年上のぼくの顔を遠慮なしにぎょろぎょろと観察する。

天使は病院で撮った写真を渡すようぼくに言った。

 「ああ、なるほどね」と受け取ったケイコが言う。「ちょっと待って」

 そうして彼女は何かを探し始めた。

 目のやり場に困りながらぼくが彼女の手元をちらと見ると、痛々しい切(せっ)痕(こん)が数本刻まれていた。

 「ああこれ」とケイコが気づく。「うふふ、責めないで」

 ぼくは天使のほうを見たが、天使はぼくのほうを見なかった。

 「あったー」と言って彼女が取り出したのは、レントゲン写真だった。左右それぞれの手が一枚ずつ。しかし骨が……、ジグソーパズルのように部分部分しか映っていない……。グロテスクなまだら模様になっている。

 天使がほらな、という目でぼくを見遣(みや)る。ぼくは瞬きを忘れて凝固する。

 残されている時間が少ないと、写真に変なものが映るという。あるいは映らない。

 「これ写真屋の知識」とケイコが言う。

 ……ぼくは言いようのない毒々しさを覚えながら、これがシンパシーというのか同族嫌悪というのかわからなかった。

 稀によくあることなのだろうか。残された時間が少ない二人と天使……。

 ……それで、引き合わせてくれた理由は何だいと、ぼくは手元の何もない宙の一点を見つめながら天使に聞いた。

 「この子はロックバンドのボーカリストだ」と天使が言った。「歌を歌っている。シンガーソングライターだ」

 ……はあ、わりとすごいんだねと、ぼくは明後日の彼方から視線をケイコに移した。

 「えへ」とケイコが笑う。

 「それで」と天使が続ける。「そのバンドが今、メンバーを募集している」

 はあ。とぼくは心ここに在らずで言う。

 「ライブが立て込んでるんだけどさ」とケイコが言う。「人手が足んないんだ」

 あっ、そうなんだ。ふーん。とぼくが上(うわ)の空(そら)で言う。

 気がつくと、二人ともこちらをじっと見続けている。ぼくは何か無言の圧を感じ、空中に漂う危険な香りを察知する。

 ……ああ、はいはい、なるほど。はいはいはい、なるほどそう。はいはいはいはい、そういうことね、とぼくは言う。

 ちょっと考えさせてもらっ――。

 「今のおまえに選択肢などない」と天使が遮った。

 「えへ、急きょ抜けられちゃって」とケイコが怪しく笑う。

 ここ最近、あまりにも物事が起きすぎている……。だれかがだれかを絶えず悲しませている……。

 ……メンバーが足りないって、そもそもどのパートが空いてるの、とぼくは聞いた。

 「ギターとベース」とケイコが答えた。「ドラムは打ち込み。で流す。予定」

 それはもはや、そもそもバンドなど存在したのだろうか……。

 「おまえはギターが弾けるだろう」と、ぼくの事情を見透かしている天使が言う。

 弾けるけども。

 「じゃあ話は早い」と天使が言う。「今回、おまえはベースを弾け」

 いや、なんでそうなる。

 「おれはギターが弾きたい」

 君もやるんかい!

 「わーい!」とケイコがはしゃぐ。

 こうしてぼくは期間限定のバンドを組むことになり、しょうもない現実とやがて来る終わりの狭間を疾走し始めた。

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