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 車の往来もおさまり、橙(だいだい)色の街灯だけが道を照らす頃だった。

 ぼくらは無言で歩き、ぼくはだれかと歩いたような道だなと思った。そして、だれかがいないような気がして寂しかった。

 ……建設中の大きなビルの工事現場までやってくると、敷地をぐるりと囲って中を見えなくしている白い衝立(ついたて)の中を、天使とぼくは入っていった。

 比較的空きが多く、物がまばらに散らばった敷地内に、暗い彼方へと伸びる鉄の骨組みが聳(そび)えていた。下からでは全体像が見えない……。

 すると。


 「慣れたら翼なんて使わない」と言って、天使はまだ壁のないビルの躯体の柱に沿って、垂直面を床にしてぺたぺたと上へ歩いていった。

 唖然とするぼく。

 「おまえも来いよ」と上から天使が言い、ぼくは手段を探し、だれもいない建設現場の剝(む)き出しの昇降機に乗って、彼の後を追っていった。


 ……結局てっぺんまでやってくると、そこからはあたりが一望できて、病んだ街の輝きは鈍かった。そこは時間がゆっくりと進んでいくようなところだった。

 ここの工事はストップしているように見え、機材は揃っているが無人の工事現場は、再び手を付けられるのを静かに待ち続けているかのようだった。

 ぼくはそこはかとなく、忘れ去られる無常を感じた。

 ぼくらは落ちずにいられるぎりぎりのところまで来ていた。

 すると。

 

 「願い事には十分気をつけるんだな」と言うと、天使はぼくを後ろから抱き寄せ、おい何すると思った瞬間には、空中に身を投げていた。

 かつてこれほど他人の行いに疑問を持ったことはない。落下が加速するにつれて、疑いは確信へと変わる――。……ぼくの後ろの男は、いつまでも羽ばたこうとしない!

 図らずも日中の記憶が蘇る――。

 「お前、何がしたいの?」

 ぼくは絶叫する!

 「いつまでにやんの?」

 風の音しか聞こえない!

 「やる気あんのか!」

 地面が迫る!

 仕事で無駄にした一日は明日もやってきて、終わらない日常が続く。

 死が待ち構える――。

 ――これがぼくのやりたかったことだろうか!?

 地上に叩きつけられる寸前、天使は怪音とともに翼を広げ、ぼくらは地面すれすれを高速で水平に滑空し、ぼくはぎりぎりのところで命拾いをした。

 そのあと二、三度いらぬ旋回が入ってからぼくらは上昇し、最後はゆっくりと元の屋上の位置にまで戻ってきた。


 「これでわかっただろう」と天使がぼくを離して言う。

 ぼくは呼吸が乱れ、腰を抜かして立てないでいる。

 「いつでもすぐ終わるとしたら、おまえは何を望む」と天使が言う。

 ぼくは心臓が早鐘を打って、目に涙を浮かべながら、彼のほうを見ることしかできない。

 何千回も経た苦悩がよぎる……。

 「どうした」と天使が言う。

 目の前の現実とはつねに違う世界があって……。

 ぼくは息が戻らない。

 「言ってみろ」と天使が言う。

 手を伸ばせばその世界に行けるはずだと……。


 わかりきっていた。ずっと。その想いを吐き出せないでいた。


 ……ぼくは、毎日のこのしょうもない現実を抜け出したいよ……と彼に言った。

 「そうか」と天使が言った。「なら明日病院に行け」

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