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生骸堂に、厳かな祈りの言葉が滔々と響く。すべては予定されたできごとで、疑念を抱く余地はどこにもない。師父ロクスや五人の使徒、子供達の面持ちを見ると、それがよくわかった。
純白の長机の上では、清められた杯に聖血が注がれ、銀皿の上では、切り分けられた聖体が脈打っている。
成形された肉塊は、熟れた林檎のようにも見える。
師父は杯を手に取ると、初代師父アントニオスより続く誓いの言葉を唱えながら、「愛する兄弟姉妹」と呼び掛けた。
「この杯を見よ。これは、おまえたちのために流された契約の血である。愛すべき子らのため、呪いを祓い、健やかにあるよう捧げられた、神との契約の証である」
師父の合図に合わせて、私たちは杯を取り、一息に飲み干した。微かな粘つきと、鉄の香りが鼻腔に満ちる。各々が息を吐き落ち着いたのを見て、師父は次に聖体へと祈りを捧げる。
「これは救疫の秘蹟。引き裂かれし神より、人が生きるために与えられる、温かな血肉である。我らは信仰の果てに、大地に生きる加護を得る。これは、愛すべき子らに捧げられた、契約の証である」
師父の合図に合わせて、私たちは瑞々しく拍動する肉片を口にする。筋繊維を裂き、すりつぶし、血管も脂肪も神経も、すべてこの腹に収めていく。誰もがこれらを為すために教育されてきた。正しさは据え置きで、何を知ったところで、そう簡単には揺るがない。
私たちは盲目だ。この目で見ることも、それによって物事の確度を高めることもできない。伝聞の囁きを信ずる他になく、与えられた触覚に頼る以外の術を知らない。
舌は血の味を知り、それによって生かされる。加護が、死を先送る。
こうして、私たちは生きながらえる。
マリナの亡骸は、聖別を通していくつもの欠片にわけられていた。
そのうち、脳を含む中枢神経系はプラントで加工されカプセル剤となり、それ以外の骨や内臓、種々の組織は、私の要望で、小分けにして保存されることになった。
毎日少しずつ、マリナを取りこんでいく。
一日三錠。それをおよそ一年間。
毎日毎日、彼女の魂が根付くように、と祈りを捧げる。
一人では手にあまる部屋で、彼女の感触を思い出し、自分を慰めながら。
私の奥深く。誰にも触れさせない底の底まで、彼女の心が届くように、と。
私は、祈っている。
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