第18話 誘拐
「これでますます外を歩けなくなったな」
大村は会見場から本部に戻るとついていたテレビに映った自分の姿を見てそう言った。
「ネットでも怪人28号を応援する人と特殊隊員アンチが毎日激戦を繰り広げてるな~。こいつら暇なのか?」
「中谷、そういうことは言わなくていい。心の中にしまっておけ」
杉田が中谷を注意しながら、先ほど現れた怪人の呼称を確認する。
「ふむ……会見会場に現れた怪人の名前が決まったぞ。『蝙蝠怪人メタモー』……だとさ。上の趣味は分からんな」
「隊長、それも余計な一言では?」
「うるせっ」
そんな冗談を飛ばしながら作業している仲間の横で、大村は報告書のデータと必死で向き合っていた。
「マジでなんでパソコンで作った報告書をプリントした途端に間違いを見つけるんだよ……自分が馬鹿すぎて笑えて来るね」
「はい、頑張ってー。あと二つ報告書を書いたら終わりだからねー!」
樋口がそう言いながらコーヒーを大村の机の上に置いた。
それを見て大村は礼を言うと、一口飲む。
「ああ!」
すると突然、中谷は突然何かに気がついたのか大きな声を上げた。
それに驚いたのか、近くにいた樋口が思わずビクッと肩を動かした。
中谷は慌てて謝ると、訳を話した。
「いや、ほんとゴメン。あのさ、俺、今日誕生日なんだけど、プレゼントでミラクルマンの実寸大変身アイテムとか欲しいなー、とか思ったりなんかして……」
「……もういい大人だろ? 自分で買え」
間髪入れずに杉田がそう返す。
すると、その大村の言葉を聞いた他の隊員たちが笑い出す。
中谷は少し不服そうな顔をしたが、すぐに暗い顔になってこう言った。
「売り切れ……?」
──翌日。大村の目が覚めると、携帯には山のような不在着信とメールが溜まっていた。
寝ぼけ半分な頭でメールを開いたが、内容を見てすぐに脳が覚醒し、慌てて隔離部屋を後にした。
向かった先は明美用の隔離施設のある場所だ。
だがそこにあったのはもはや建物とは呼べない焦げた木材の臭いのする瓦礫の山だった。
「なにがあったか分かりましたか!? 富士隊員は無事なんですか?」
「落ち着け、大村。とりあえず今日は体力勝負になる。朝食はまだか? ならそこの弁当を食べろ。食ってる間に今判明している情報を共有するぞ」
杉田は大村の座ったソファーの対面に座り込むと、目の前の机に写真を置いた。
「これが今朝五時十二分の監視カメラの映像を切り抜いたものだ。写っているのは……」
「富士隊員と、怪人メタモー……!!」
「そうだ。メタモーは富士隊員を攫う時に建物を破壊していった。今どこにいて何をしているのかは不明だ。こちらも今必死に捜索している」
杉田が次の写真を机に置く。「これは昨日の記者会見の時に撮られた映像だ。よく見てくれ。画面の右端にいる記者が持っているマイクが不自然に曲がっているように見えるんだが、分かるか?」
「確かに……まさか、これをやったのは」
「メタモーの仕業だろう。おそらく、記者の姿に変装する際に光を屈折させることで違う姿を見せているみたいだ。記者は最初から怪人の姿で記者会見の場にいたことになる」
「どうしてそんな……襲いたいだけなら怪人の姿で入り込めばいいものを、なぜ?」
「さあな。ただ、メタモーが記者に化けて我々に近づいてきたということは、それだけ我々のことが知りたいということだろう。だが、残念なことに今回防衛に割く人員配置を私が誤った。
怪人の狙いは君だとばかり思っていたから、富士に回していた警備の半分を君の隔離施設の防衛に回していたんだ」
「それが裏目に出た……そういうことですね?」
「ああ」
杉田はそう言うと立ち上がり、大村を見下ろしてこう続けた。
「しっかり気を張れよ。怪人が次に狙うなら恐らくここだからな。ま、守りは外の駆除部隊と自衛隊に任せてまずは富士隊員を見つけ出さないとな」
そう言うと二人はパソコンの前に戻って、情報を探した。
「もしかすると逆に怪人メタモー側からコンタクトをしてくるかもな」
大村も、怪人が自分に固執しているようにみえたことは否定できなかった。
だが何故かは分からない。それを知るには本人に直接聞くしかないだろう。
固執している感覚はあくまで大村が予想したものであり、本当に怪人がそう思っているかどうかは分からないからだ。
しばらく無言の時間が続き、時計の秒針が進む音だけが聞こえる。
大村が資料を整理していたその時、大村のメールアドレス宛に動画ファイルが届いた。
差出人は明美になっていた。
「みんな!」
大村はすぐに隊員たちに声をかけて集めると、動画を再生した。
『やあ、見えているかな? 特殊隊員アルファ。今後ろにいるのは君の予想通り特殊隊員ベータだ。だがこいつは期待外れだった。何の価値もないなり損ないだ。やはり私にはお前が必要だ、アルファ。
三時間以内に高岩海岸沿いの崖に来い。一人でだ。もし要求に従わなければ……』
そう言って背後に映る拘束した明美の後ろ側に回り込むと、体から出した液体で彼女の太ももの皮膚を溶かした。
明美が痛さに耐えきれずに悲鳴を上げる。
『もっと酷いことになる。見捨てるのもいい、この女の命が惜しくなければな。ではまた会おうアルファ。終わりがお前を待っているぞ』
それだけ言い切ると怪人の動画は終了した。
大村は怒りのあまり拳を握りしめ、その手から血が滴る。
その隣で中谷が大村の肩に手を置くと、こう言った。
「俺もお前と同じ気持ちだ」
「隊長!」
大村は許可をもらうために杉田の方を向いた。
すると、杉田はこう言った。
「今の状況下で一番避けるべきは特殊隊員を全員失うことだ。大村が一人では勝てない怪人のところへ向かわせるのは、対特殊生物対策隊隊長として、できない」
「そんな! でも……」
「だが。だが、もしかすると、昨日の疲れのせいで出撃命令の書類を出されたら、間違えて判を押してしまうかもしれないな……」
「杉田さん……」
「行け、富士を救って来い!」
「はい!」
大村はそう言うと、戦闘用スーツをもって本部を出ていった。
「樋口、もし俺がクビになったら、お前が隊長だからな」
「勘弁してくださいよ……」
樋口はそう言ってため息をつくと、パソコンの方へ向き直った。
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