第10話 怪人化

「なんで助けた? あんた死んだはずだろ?」

 大村は筋力が戻りつつある体を動かしながら富士に尋ねた。

「そりゃあ、君が日本にいないと色々と都合が悪いんでね。できれば介入したくはなかったが、まあ、なるようになるだろう」

 大村が富士に助けられたのには理由がある口ぶりだったが、富士の行動原理が今は分からなかった。

「それじゃあ、運がよければまた会おう。ついでに君に試作品をあげよう。サンプル段階だが一時的に怪人化できるアンプルだ。十本ある。よく考えて上手に使えよ? 

 ああ、あと一度殺したくらいで消えると思わない方がいいぞ? 富士博士は一人見つけたら三十人いると思え。では」

 そう言い残すと富士は大村をその場に残して、バイクに乗ってどこかへ行ってしまった。

 大村は手の中に握らされた十本のアンプルを見ながら、今の状況に混乱していた。

 これがどういうものなのかは大村にも分かっていたが、なぜ敵に塩を送る様な真似をするのか全く理解できなかった。

 大村はしばらくその場で立ち尽くしていたが、やがて車に乗り込み、杉田たちが戻るであろう仮設本部へと向かった。


「大村、無事だったか!」

 仮設本部に戻ると杉田が真っ先に大村に声をかけた。

 中谷と樋口も安心したような表情を浮かべる。

「どうやって助かったの?」

 蒲池のもっともな質問に大村は答える。

「それが……」

 大村は先程起こったことを全て話すと、アンプルを取り出した。

「一時的に怪人化する薬、か」

「なんだか怪しいですよねぇ」

 杉田と樋口は興味深そうにアンプルを見つめる。

「大村さん、これ本当に大丈夫なものなんですか?」

 中谷が心配そうな顔で大村に尋ねる。

「正直、俺もよく分かりません……ただ、あの人、少なくとも今は俺を殺す気はないように見えました。殺すチャンスはいくらでもありましたから」

 大村はそう言って、手に持っていたアンプルを机の上に置いた。

「どうします? 杉田さん」

 樋口が杉田の方を向いて問いかけると重い口を開いて言いにくそうにこう言った。

「実は拉致されている時に奴らの会話が聞こえたんだが、彼らの他にもこの国で怪人の遺体を強奪しようとしている諸外国の強化人間が複数人いるらしい……プロトタイプらしいが、そいつらが本格的に動いたら日本が戦場と化すだろう。ここは危険を承知でこちらから捕縛しに行くしかない」

「だからって大村さんを使うんですか!?」

 中谷が反論する。

「落ち着け中谷。確かに大村を危険に晒すことになるが、先ほどの怪人化薬を使えばなんとかなるかもしれない」

「つまり、どういうことです?」

 樋口が困惑した顔でそう言うと、杉田がこう言い放った。

「大村には怪人化して戦ってもらう。我々対特殊生物対策隊はそのバックアップだ。気合入れていくぞ!」

「「「「了解!」」」」

 対特殊生物対策隊員達は返事をすると、準備をして怪人の死体が隠されている手塚工場跡地へ向かっていった。


 午後五時四十五分。手塚工場跡地。

 複数の国の人体を不安定ながら強化した特殊工作員が工場跡地へと距離を詰めていく。

 なぜ、怪人の遺体がこんな町から離れた工場跡地にあるかというと、万が一怪人の死体から有害な物質が発せられていた場合でも封鎖と除染が容易だからである。

 ロシアの特殊部隊が、まず北方の入り口から敷地内に侵入する。

 銃を構えてゆっくりと進んでいくが、後ろの隊員から一人ずつ、怪人に襲われて消えていくことに気がつかない。

 十分後、その他の三方向からアメリカ、中国、韓国の特殊部隊が侵入を始める。

 彼らは隙のない動きで中央の比較的新しい建造物に向かって距離を詰める。

 数分後、西側の特殊部隊から叫び声が聞こえる。

 アメリカ部隊の隊長は部下に指示を出すと、銃を構えたまま、警戒しながら奥に進む。

 そこに上空から巨大な影が粉塵を巻き上げながら着地する。

 全員が銃を構えたまま、粉塵が晴れるのを待つ。

 土煙の中から現れたのは、怪人化した大村の姿だった。

「Fire!」

 隊長のその掛け声と共に射撃を開始するも、大村の外殻は厚く、銃弾を通さない。

 大村は素早く動き隊長の頭を掴むと、握力だけでリンゴを握り潰すように頭部を粉砕した。

 隊長が倒れたと同時に他の隊員達が再び発砲するも、やはり効果はない。

 大村は地面に倒れている死体を拾い上げると、それを鞭のようにブンブンと振り回して隊員を殴打した。

 右へ左へ次々と特殊部隊員達を吹き飛ばし、隊員たちは建造物の影から現れた日本の部隊によって拘束された。

 その様子をドローンで見ていた中国部隊は装備の中からテーザーガンを取り出す。

 アメリカ部隊を倒して目の前に現れた大村に対して、隊員たちがテーザーガンを発砲し、閃光手榴弾を投げる。

 しかし、大村もしっかりと対策をしていた。

 大村は目くらましを食らう前にテーザーガンのワイヤーを引きちぎり、投げられた閃光手榴弾を肩から伸ばした触手状の鞭で弾いた。

 閃光手榴弾は中国部隊のすぐ近くで爆発し、爆音と辺り一帯を眩い光で包む。

 動けなくなった隊員たちを再び現れた日本の部隊が拘束する。

 その間に建造物まで辿り着いた韓国部隊は鍵を破壊すると建造物の中へ入り込んだ。

 しかし、中には怪人が立ちふさがっていた。

 隊員が発砲するも怪人は倒れない。それもそのはずだ。それは大村が脱皮した後の抜け殻なのだから。

 そのことに気がつく前に、建物の入り口、つまりは隊員たちの後方からSATが突入し、背後からグラップルガンを発射し、ワイヤーが隊員たちに巻き付き動きを封じた。

『襲撃部隊、捕縛完了。繰り返す、襲撃部隊捕縛完了』

 その無線を聞いて大村は怪人化した姿のまま安堵する。

 じき日が暮れようとしていた。

 が、そこへ影が一つ、上空から現れる! 

『怪人出現! 繰り返す、敷地内に怪人出現!』

 敷地内に着地したのは蝙蝠のようなマント状の翼を持った怪人だった。

 その姿を見て大村は驚きを隠せなかった。

 なぜならその怪人は大村がかつて倒した最初の怪人とよく似ていたからだ。

「同種か?」

 大村が構えると、怪人が喋り出した。

「俺はエージェント・B。人造怪人だ」

「ってことは怪人化薬の成功例か。どこの国から来た?」

 そう尋ねるとふん、と怪人は笑った。

「どこでもない。俺は生まれも育ちも日本だ。今日は勧誘のために来た。どうだ特殊隊員アルファ、俺と共に知性ある怪人として、地球の自然を守らないか?」

「断る。俺には対特殊生物対策隊という帰るべき場所がある。残業ばかりだが、立派な仲間もいる。だから他の団体に所属している暇はない」

「そうか」

 そう言うと怪人は拳を構えた。

「ならばお前は邪魔なだけだ。力づくで排除させてもらう!」

 怪人は一瞬で大村との距離を詰めると右フックが大村の頭部へ走る! 

 大村は咄嵯に上体を反らして避けるが、衝撃波で数メートル吹き飛ばされる。

 大村が体勢を崩したところでさらに追い打ちをかけるように怪人は左右の腕で二度、大村の胸に突きを叩き込む。

 大村は右腕で突きを払おうとしたが、衝撃を殺しきれず右腕がちぎれ、体が傾く。

 大村がよろめいたところで、今度は怪人が強烈な回し蹴りを放つ。

 大村は片手で受け流そうと試みる。しかし左腕も強すぎる蹴りによって折れてしまった。

「こんなものか? 富士博士の成功例とやらは!」

 大村は口をガバっと開けるとそこから光線を放射した。しかし、その完全な不意打ちも避けるために飛翔した怪人には当たらない。

「終わりだな」

 怪人はそう言うと上空からの下降に合わせて繰り出すキックを大村の胸部目開けて放った。

 外殻が砕け散り、肉が押しつぶされ、内臓を破壊される。

 ぼたぼたと胸の傷跡から血がしたたり落ち、大村は意識を失った。

 怪人はその死体を一瞥した後、再び飛翔してどこかへと飛んで行ってしまった。

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