第9話 取引

 大村が遺体を引き渡し終え、隔離施設内の仮設本部に戻ると、杉田と中谷が真剣な顔つきで話し込んでいた。

「まさか他国の特殊部隊がここまで大っぴらに動くとはな。それだけ怪人には潜在的価値があるということか」

「杉田さん、これからどうします? 正直、大村さんをこれ以上出撃させるのは危険だと思います。もし捕まりでもして海外にでも連れていかれたら、日本は手出しできないですよ?」

「ああ、そうだな……俺から上には報告しておくが、しばらくは大村に護衛をつけることにする……っと、いたのか」

「ええ、まあ……護衛をつけるって、具体的には誰を?」

「知り合いにアテがある。誰も信用できないような状況下だ。人となりを知ってる奴の方が少しは安心できる」

 杉田はそこまで言うと、「さあ今日も残業だ」と言ってパソコンに向かった。

 大村もすぐに机に向かい、報告書作成を始めた。


 翌日、対特殊生物対策隊仮設本部を一人の女性が尋ねてきた。

「杉田隊長の命により、本日付けで大村さんの護衛を任されることになりました、元SPの蒲池と申します。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 蒲池が頭を下げたのを見て、大村も頭を下げた後、再び仕事に戻る。

 大村が作業を終えると、ちょうど昼休みの時間になった。

 大村は席を立つと、杉田のところへ向かった。

「杉田さん、昼食を摂りたいんですが、外に出ない方が……?」

「ああ、そうだな。蒲池くんに買ってきてもらうといい。ついでに俺のコーヒーも頼む」

「お言葉ですが、私は隊長のパシリではありませんので。大村さん、何か希望は?」

 大村は少し考えた後、オムライスを頼んだ。

 そして、食事を終えて再び大村が書類仕事をしていると、今度は杉田の電話が鳴った。

 杉田は電話に出ると、しばらく話していたかと思うと、みんなに向かって口を開いた。

「怪人が現れたそうだ。樋口、中谷は俺と一緒に現場に入る。大村と蒲池はここで指示があるまで待機だ。いいな?」

「ですが……」

 大村が口を挟もうとするが、杉田にそれを阻まれる。

「大村、今はお前の身の安全が第一だ。ここから出るなよ、いいな?」

 そう言って三人は隔離施設を出て車に乗った。

「クソッ!」

 大村は無力感に耐えられず、机を勢い良く手で叩いた。

 金属製の机は僅かに歪んだ。

(怪人が暴れているっていうのに俺は何をやっているんだ? 自分の身一つ守れないと思われているなんて!)

 だが、実際それは事実であると他の誰でもない大村自身が一番理解していたため、余計に辛かった。

 大村は歯を食いしばりながら拳を強く握ると、再びパソコンを睨んだ。

(せめて少しでも杉田さんの負担を減らすためにも、報告書を仕上げないと!)

 大村はそう思いながら必死にキーボードを叩いた。


 数時間後、仮設本部に一本の電話がかかってきた。

 蒲池が受話器を取り、返事を返す。

「はい、蒲池です……なんですって?」

 一瞬にして蒲池の顔色が変わる。

 ただ事ではないと感じた大村はパソコンを操作する手を止めると、蒲池のいる机の方を向いた。

「あのね、どんな交渉も、脅しも通用しないわよ。私たちが個人的に動くことは絶対にないわ。クソ野郎」

 そう言うと蒲池は勢いよく電話を切り、机の上で頭を抱えた。

「なにがあったんです?」

 恐る恐る大村が尋ねると、蒲池はイラついた声でこう答えた。

「電話の男が、杉田さんたちを拉致したって。無事に返す条件としてあなたの身柄を渡すことを条件にチラつかせてきたわ。もちろん突っぱねたけどね」

「でも、このままだと杉田さんたちの命が……」

「ここに配属された時点でみんな死ぬ覚悟は出来ているはずよ。あとは苦しむか楽に死ねるかの違いだけ」

 蒲池はそう言ってため息を吐いた。

 蒲池の悲しげな顔を見て、自分が何のために怪人28号のオーディションを受けたのかを大村は思い出した。

「はじめは、誰かを笑顔にしたかったから、だったな」

「え?」

 蒲池が顔を上げて大村の方を見る。

 大村の表情は決意で満ち溢れていた。

「蒲池さん。俺、みんなを助けに行きます」

「あなたが行って戦うつもり? 状況がさらに悪くなったらどうするの?」

「だからといって、見殺しにするわけにはいきません。それに、これは俺たち全員の問題です」

「……分かったわ、私も行く。車の運転ぐらいはできるし」

「なら急ぎましょう。電話の相手はどこで待つと?」

「それが──」


 数時間後、二人は石ノ森採石場に車を止めて、拉致犯が姿を現すのを待っていた。

 大村はコートの下に戦闘用スーツを着込み、いつでも戦える準備をしていた一方、蒲池は動きやすそうな薄い服装で立っていた。

 大村はそんな彼女を見て不安になったが、車の近づく音が聞こえ目の前の事件に集中した。

 現れたのは白いヘルメットを被った男と、迷彩服の男二人であった。

 白ヘルメットの男は二人の目の前に立ち、迷彩服は大村たちを挟むように横に立った。

 大村は横に立つ男を警戒しながらも、目の前の男に意識を向ける。

 すると、白ヘルメットの男が流暢な日本語で話し始めた。

「お待たせいたしました。私はエージェント、ジョン・スミスと申します。この度は急な電話にもかかわらず応じていただき、ありがとうございます」

「…………」

 大村は黙って明らかに偽名を名乗った男を睨みつける。

「早速取引を開始しましょう。あなたがこの薬を自身に注射すれば三人を乗せた車の鍵を渡します。変な動きをすれば即、その車を爆破します。いいですね?」

 大村は頷くと、男から注射器を受け取った。

 そして、腕に針を刺すと、中の液体を体内に注入した。

 すると、ヘルメットの男は車に向かって歩き出した。

 大村は横にいた迷彩服の男に引きずられ、車に乗せられた。

「ねえ、車の鍵は?」

 蒲池がそう言うと、横の迷彩服のもう一人の男が鍵を乱暴に投げてよこした。

 大村は車に押し込まれ、車が発進した。

 大村は窓から外を眺めるが、そこはただの山道で、どこに連れて行かれるかは検討がつかなかった。

 大村がそんなことを考えているうちに車はトンネルの中へと入り、急停車する。

「クソッ! 聞いてないぞこんなの!」

 車を降りた男達の焦りを感じさせる声と共に数発の発砲音がトンネル内に響き渡る。

 壁に肉を叩きつけるような音と、ヨーヨーが破裂するような音が数回鳴ったかと思うと、再び車のドアが開き、予想外の人物が大村の顔を覗き込んでいた。

「やあ、怪人28号。しばらく見ないうちにずいぶんと弱くなったようじゃないか。ん?」

 そう言って富士は意地が悪そうにニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る