第8話 襲撃

 大村は同じく霞が関某所にある隔離監視部屋に戻ると、夕飯の弁当を電子レンジに入れて温め始める。

 隔離監視部屋、と聞くと印象は最悪だが、これは裏を返せば大村を保護するためでもあった。

 各国が日本に現れる改造人間を軍事利用しようと企んでいたからだ。

 当然、制御の難しい怪人化薬を投与された人間よりも、比較的制御のききそうな人体強化薬を投与された人間を欲しがるのは自然の流れと言えるだろう。

 しかし、現在各国では怪人や強化人間を模倣して製造することができず、日本に直接忍び込んで怪人の捕獲を試みる国まで現れたという様相だ。そんな中、大村が一般的なセキュリティーの家に住めば、他国からすると大村は格好の獲物となる。

 そのため、大村にこうして隔離監視部屋があてがわれているのだ。

 大村が食事を終えると、タイミングを計ったかのように部屋のドアがノックされる音が響いた。

 この部屋に訪れる人間は限られている。

 恐らく杉田だろうと予想した大村は返事をしながら立ち上がり、扉を開いた。

 そこには案の定杉田の姿があった。

 杉田は室内に入るなり言った。

「表参道に怪人が現れた。出撃だ」

「分かりました」

「それと、もう一つ報告しておくことがある。富士の遺体が何者かに盗まれた」

「なんですって!?」

「詳細は移動中に話そう。さあ、行くぞ」

 杉田はそう言って大村を急かした。

「杉田さん、一つだけ教えてください。誰が遺体を盗んだかの目星とかついてますか?」

「まだ確証はないが、可能性としては諸外国の特殊工作員の可能性が高い。君も、警戒だけは怠らないようにしてくれ」

「了解」

 二人はすぐにトラックに乗り込んで表参道へと向かった。


 現場に着くと、既に他の隊員たちは配置についており、いつでも作戦を開始できる状態になっていた。

 杉田はトラックから降りると、パソコンの前に座る。

『本時刻をもって、指揮権は総合指揮部隊の杉田に全権委任される。プランAの準備開始。捕獲部隊はそのまま民間人が避難を終えるまで待機せよ』

 杉田は隊員たちに指示を出す。

 隊員たちの目つきが鋭くなり、現場がひりつく。

 大村はトラックの中で戦闘用スーツを装着する。

 防刃生地でできた上下一式と、金属の入った銀色のグローブ。姿を隠し頭部を守るためのフルフェイスマスクをかぶると、最後に濃緑のコートを羽織って出撃体制に入る。

 案の定プランAは失敗し、プランBに移行する。

「分析結果が出ました。

 今回の怪人、通称ラクーンの外殻構造は先週出現した幻想怪人バイコーンに似た構造であることが判明しました。銃弾は効果がなさそうです」

「そうか……よし、現時刻をもってプランBとプランアルファの同時進行を開始する! 特殊隊員アルファ、出撃せよ!」


「了解。特殊隊員アルファ、出撃します」

 大村はそう言ってトラックを降りると、怪人ラクーンに向かって走り出した。

 ラクーンが大村の存在に気づく前に、大村は怪人の背中に向かって前蹴りを食らわせる。

 しかし、怪人の皮膚は思った以上に固く、大村の脚の方が痛む結果となった。

(くそっ、全然効いてないのか!?)

 大村はそう心で毒づきながらも、次の攻撃に移った。

 怪人の足元に滑り込むと、その勢いを利用して怪人の足を思いきりはらう。

 その一撃で怪人の右足は地面を離れたが、怪人はバランスを崩しながらも尻尾を振り大村の頭部に強烈な一撃をお見舞いした。

「うあっ!」

 大村もバランスを崩しその場に倒れ込む。

 しかし、大村はすぐに起き上がると、怪人の腹部めがけて拳を繰り返し叩きつけた。

 怪人は悲鳴を上げると、大村の頭を両手ではさんで押し潰そうとしている。

 しかし、大村は渾身の力を込めてその腕を振りほどくと、今度は逆に怪人の頭を脇に挟み込み、捻りをきかせて首を引きちぎった。

 大村の濃緑のコートが怪人の緑色の血で鮮やかに彩られる。

 怪人の体は頭を失ってなおしばらく暴れていたが、やがて動かなくなった。

 大村はその死骸を一通り観察した後、杉田に連絡を入れた。

『目標の沈黙を確認。死亡したと思われます』

『了解。これより撤収作業に入れ』

 捕獲部隊の隊員の一部が怪人の遺体を回収しようとしたその時、閃光手榴弾が投げ込まれ近くにいた隊員たちの視力と聴力を一時的に奪った。

 もちろん少しの耐性はあるとはいえ、大村も同じ目にあった。

 まず戻ってきたのは聴力だ。

 発砲音が聞こえ、隊員たちの悲鳴が聞こえる。

 そして視界が戻ってくると、目に入ったのは腕にアメリカ合衆国のワッペンをつけた特殊部隊の姿だった。

 大村はすぐに怪人の遺体か自身が目当てだと理解すると、怒りを必死に抑え込みながら応戦した。

 怪人に比べれば人間の特殊部隊など非常に脆い生き物である。

 普通の人間を殺すことは流石に大村の中の良心が咎める部分もあり、上手く全力を出せずにいた。

 その点駆除部隊は優秀である。

 元自衛隊員が多いこともあり即座に置かれた状況を理解すると、相手の特殊部隊員を撃ち殺すべく全力で発砲した。

『何が起きてる!? 状況を報告せよ!』

 総合指揮部隊の杉田隊長の声を無線越しに聞いた大村は、遺体を取られないように守りながら答える。

「襲撃を受けています! 繰り返す、襲撃です!」

『把握した! 特殊隊員アルファは遺体をもって現場を離脱せよ!』

「了解!」

 大村はそう言うと、遺体を抱えてその場から離れた。

 大村はビルの屋上へと高く飛び上がり、屋上から屋上へを移動しながら次の指示を待つ。

 が、そこへ日本のものではないステルスヘリが姿を現した。

 大村は舌打ちすると、すぐさま別のビルに飛び移る。

 しかし、大村が着地しようとした先のビルにミサイルが撃ち込まれ、崩壊する。

 着地する足場を失った大村は、そのまま落下していった。

 大村はなんとか空中で体勢を立て直すと、真下にあったマンホールのふたを開けて飛び込み、地下を移動する。

 すると、また新たな部隊が大村の目の前に現れた。

「ウゴクナ!」

 大村はやむなく交戦するしかなかった。

 大村は襲いかかる敵を倒し、追い込まれないように再び地上へ飛び出る。

 怪人との戦闘で体力を大幅に消耗しており、息が上がっていたが、それでも大村は止まることなく杉田の指示を待っていた。

『アルファ、最寄りの隔離施設の使用許可が下りた! そのまま北西に三キロ進んでくれ! 我々はあとで合流する!』

「了解」

 大村は返事を返すと、目的地を目指して走り始めた。

 大村がヘリの攻撃を躱しながら隔離施設に何とか辿り着くと、隔離施設の警備員が急ぐようジェスチャーで伝えていた。

 閉まりつつあるドアの中へギリギリ滑り込むと、諦めたのかヘリはどこかへと飛んで行ってしまった。

『アルファ、無事か?』

「ええ、ええ。こちらは遺体も含めて無事です」

 大村は何とか息を整えながらそう言った。

『よくやった。さすがだな。今からそちらに向かう。少し待っていてくれるか』

「分かりました」

 大村はそう言うと、マスクを外して部屋の中に用意されていたソファーに腰を下ろした。

 しばらくすると、防護服に身を包んだ杉田たちが現れた。

「大村、お疲れ。大変だったな」

 杉田と共に合流した中谷はそう言うと、大村の肩を叩いた。

「さっきの件だが、やはり他国の工作員による犯行の可能性が高い。素直にアメリカの仕業と断定できない現状、早まった行動はしないように。

 ……樋口、マスコミには報道規制を敷くよう指示を出してくれ。中谷は被害状況の再確認だ。大村は遺体を引き渡し次第、今日の報告書をまとめてくれ」

「はーい」

「わっかりました!」

「了解です」

 三人はそれぞれ返事を返すと仕事に取り掛かった。


 ──同時刻、霞が関某所車内。

「ムル、ムル。ラッパシエテートマシュリーグワ。ムル、ヤラヤラヤラ。アパシュリーダキダー」

 運転席に乗っている男は日本語ではない言葉でなにか携帯に向かって言うと、エンジンをかけてその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る