第7話 アルファ

『こちら石ノ森警察署の三菱、石ノ森商店街にて怪人出現! 繰り返す、石ノ森商店街に怪人出現! 応援願います!』

「こちら対特殊生物対策隊。本時刻をもって指揮権は我々に委任された。これより特殊生物対策部隊を出動させる」

 隊長の杉田は通信を切ると、部下たちに指示を出した。

 怪人が現れるようになってから半月、国から直接命令を受ける部隊として立ち上がった対特殊生物対策隊、通称『対特生隊』は、怪人の捕獲、駆除を目的とした特殊部隊である。

 主に三つの部隊からなっており、捕獲部隊、駆除部隊、総合指揮部隊がそれぞれ役割を分担していた。

 今回出現した怪人は、人型でバッタのような顔をしており、両手は鋸の歯のように鋭く尖っていた。

「何としてでも人的被害がこれ以上出る前に奴を止めるぞ」

 総合指揮部隊隊長の杉田はそう言って気を引き締める。

「了解。いつも通りプランAで進めて大丈夫ですか?」

 隊員の一人である樋口がそう尋ねる。

「ああ、不穏な動きを見せるようであれば即報告するように。ではプランA、開始!」

 杉田の指示で最寄りの建物の屋上から捕獲部隊が麻酔銃を怪人に向かって構える。

『射撃規制解除。繰り返す、射撃規制解除』

『射撃開始!』

 その音声が響くと同時に、隊員たちは引き金を引いた。

 麻酔弾が怪人に直撃するが、怪人は全く動じていない様子でゆっくりと歩みを進めた。

 杉田は作戦続行を指示し、カメラの映像を解析に回すよう指示した。

 それを聞いた捕獲部隊は怪人に狙いを定めたまま、次弾を装填する。

『撃てー!』

 捕獲部隊隊長の指示で二射目が撃ち込まれる。

 しかし、怪人は先ほどと同じように歩き続け、やがて肉屋の前で止まると、ショーケースを破って生肉を口に入れ始めた。

「怪人の体温が急上昇中です。なにをしてくるか予想できません。これ以上安易に刺激しない方がいいかと」

 総合指揮部隊隊員の中谷がそう杉田に進言する。

「よし、分かった。本時刻をもってプランAを破棄、捕獲部隊を撤退させ作戦をプランBの駆除に移行する。避難レベルを二から三に修正。半径二キロ圏内の住民を直ちに避難させる!」

『プランBに移行。捕獲部隊は撤退、駆除部隊はケース二・二八を参考に配置につけ』

『駆除部隊了解』

 その無線の直後、現場に入ったのは石原率いる駆除部隊だ。

 石原は班員たちを引き連れてすぐにビルの屋上からラぺリングで飛び降り、怪人の背後に降り立った。

 怪人は駆除部隊の存在を認識すると、食事を中断してそちらを向いた。

『射撃開始!』

 駆除部隊の隊員達は自動小銃を怪人に向けて発砲した。

 怪人の体に次々と命中していく。

 怪人はその場に倒れ込んだ。

「さすがは元陸自の若きエース、石原真の率いる駆除部隊ね。やるぅ」

 作戦本部で監視していた樋口がそう漏らす。

 が、怪人は再び起き上がると、体中に生えている棘を周囲に向けて発射した。

 それは駆除部隊の隊員に直撃し、複数人が軽傷を負う。

『負傷者多数発生のため作戦の続行は困難、応援求む。繰り返す、作戦の実行は困難、応援求む』

『こちら杉田了解。本時刻をもってプランBを破棄、プランアルファに移行する。特殊隊員アルファ、出撃せよ。繰り返す、特殊隊員アルファ、出撃せよ』

「アルファ、了解。出撃します」

 そう言うと特殊隊員アルファと呼ばれた男はトラックから降り、怪人の元へ走っていく。

 男は顔を漆黒のフルフェイスマスクで隠し、両手に銀のグローブをはめ、濃緑のコートに身を包んでいる。

 怪人は男に気づくと、両腕を勢い良く振り回した。

 男はその攻撃を軽くかわすと、怪人の懐に入り込み、拳を叩きつけた。

 その一撃で怪人は大きくよろめき、数歩後退する。

「彼が、怪人28号……」

 そう負傷した駆除部隊の一人が呟く。

 男は怪人に追撃を仕掛ける。

 だが、怪人は男の攻撃を受けてなお、反撃に出た。

 怪人は腕を振り上げると、それを勢いよく男の顔めがけて振り下ろした。

 しかし、その腕は男の上段蹴りによって弾かれる。

 男は体勢を立て直すと、再び拳を怪人の腹部に叩き込む。

 その一撃で怪人は口から大量の血を吐き出し、膝をつく。

 そしてそのままうつ伏せに倒れた。

『目標、完全に沈黙。死亡したと思われる。繰り返す、目標、完全に沈黙!』

 その報告を聞いた杉田はホッと一息吐いた。

『特殊隊員アルファ、よくやった。直ちに帰還し次の怪人出現に備えてくれ』

「了解」

 特殊隊員アルファこと、大村英光は短くそう返すと怪人の死骸を一瞥すると、静かにその場を後にした。


 ──数時間後、霞が関某ビル。

「なんで報告書なんて毎回書かなきゃならないんだ……出撃しない日もあるってのに」

 大村がそう愚痴をこぼすと、隣の席で同じく報告書を書いていた中谷が言う。

「まあそう言うなって。こういうのは形式美みたいなもんなんだからさ、適当にテンプレ通りに書いておきゃいいんだよ」

「そんなのダメよ、そういうとこをちゃんとしておかないと、引継ぎが起きたとき大変なんだから」

 向かいの席の樋口がそう口を突っ込んできた。

「そもそも、俺の立場を引き継げる奴が出てくるのかどうか……」

「それは……そうね。大村さん、今のところ日本で唯一の人体強化薬投与の成功例だものね。気軽に増やせるものでもないし、しばらくは辛い業務形態が続きそうね」

 それを聞いて大村は溜め息を吐いた。

「大村、少し話があるんだが、今大丈夫か?」

 大村の上司である杉田がそう声をかけてきた。

「え? はい、問題ありませんが」

「じゃあちょっと一緒に来てくれるか」

 杉田はそう言うと、先に部屋を出て行った。

 大村は他の人に聞かれてはマズい会話内容だと理解し、あとに続いて部屋を出た。

 二人は誰もいない会議室に入ると、杉田は大村に椅子に座るように促した。

「どうしたんですか、杉田さん。わざわざこんなところに呼び出したりなんかして」

 杉田はその問いには答えず、大村に質問を投げかけた。

「大村。お前、今月に入ってから怪人を何体倒した?」

「……数えていませんが、最低でも十体は超えていると思います」

 大村は正直にそう答えると、杉田は深刻そうな表情を浮かべた。

「そうか……実はな、富士博士の一件以降、怪人の出現数が減少するどころか増加の一途をたどっているんだ」

「それって……」

「ああ、おそらく別口で怪人を造っている奴がいるんだろう。すでに調査は開始しているが、何か思い当たることはないかと思ってな」

 大村はしばらく考えた後、首を横に振った。

「いえ、特に思い当たる節はありません」

「そうか……まあいい。今日はもう帰ってゆっくり休んでいいぞ。次いつ出撃することになるかも分からない状況だからな」

「え? でも報告書が……」

「俺が適当に埋めておく。どうせ半分は書き終わってるんだろ? 少しはチームを頼っていいんだぞ?」

 そう言うと杉田は微笑んで会議室を先に出た。

 杉田を見送った大村は小さくため息を吐きながら、帰り支度を始めた。

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