第6話 怪人
その日の夕方、富士からの犯行声明が動画投稿サイトに上がった。
内容は、大村英光を十九時までに手塚埠頭まで連れてこい。さもなくば、東京全域に怪人化薬を散布する。と言った具合だ。
約束の時間になり、大村が指定の場所に行くと、富士が待ち構えていた。
富士は余裕の表情で大村に話しかけた。
「やあ。こんなに素直に来てくれるなんて嬉しいよ」
「どういうつもりだ?」
「何がだい?」
「とぼけるな。どうして鮫島を殺した!」
「おおっと、怖い怖い。そう怒らないでくれよ。そもそも、あの男を殺したのは君自身だろう?君に肩入れしなければ、あんなことにはならなかったしね」
「黙れ!」
大村は富士を殴ろうと距離を詰めるが、富士は難なくそれを避けると、大村に注射器を刺し、怪人化薬を注入した。
「ぐあああ!」
大村は苦しそうな声を上げながら苦痛に耐える。
「これで君も、立派な怪人の仲間入りだ」
富士は大村の体を蹴り飛ばすと、大村はその場に倒れ込んだ。
「くそっ……」
大村はそう呟いて立ち上がろうとするが、体中を駆け巡る激痛で立ち上がることすらままならない。
「そんな状態で私と戦う気かい? 無理だよ。諦めた方がいい」
「うるさい、俺は、まだ戦える!」
「強情なやつだ……怪人に進化した時にその理性がどうなるか、実に興味がある。食人行動を起こさないようであれば、実験はほぼ成功と言えるだろうな」
「があああ!」
グローブの下で爪が剥がれ、新しい硬い爪が生えてくるのを感じる。髪は抜け落ち、歯も入れ代わり、皮膚が剥がれていく。
体中の筋肉が人体強化薬を飲んだ時よりも更に膨張していくのが分かる。
やがて大村の体は変化を終え、その姿はまさに、怪人そのものだった。
背中から突き出た無数の棘、サメのように鋭い歯、漆黒の無数に積層した装甲のような外殻。
その姿を見て、富士は満足げに笑みを浮かべた。
富士は変身を終えた大村に近づき、話し掛けた。
「気分はどうだ? 話せるか?」
「フ、ジ……」
大村はゆっくりとそう呟き、次の瞬間、鋭い爪のついた右手で富士の頭を勢い良く叩いた。
富士は頭から血を流したが、大したダメージではなかったらしく、平然としていた。
そして、大村に対して言った。
「やはり君は優秀だ。怪人化しても自我を保ち続けるとはね」
そう言って富士は注射器をもう一本取り出し、自分に刺した。
「そして今から私もそのステージに再び上がることにするよ!」
富士の姿がみるみるうちに変化していき、次第に大村の以前見た白い怪人の姿になった。
「さあ! 始めようじゃないか大村くん。どっちが強いのかはっきりさせよう。生き残った方が人類の運命を左右する!
私が勝てば人類は怪人に! 君が勝てば人類は怪人に怯える日々に!」
大村は喉の奥で低い音を出しながら、富士に向かって言った。
「お前を、殺す!」
両者共に強化された肉体で激しくぶつかり合った。
互いの拳が相手の顔面を捉え、鮮血を飛び散らす!
二人の攻撃は止まることなく続き、お互いの体力を削り合う。
「なかなかいい進化をしたようじゃないか! だがこれにはどう対処する!?」
富士のわき腹から、さらに二本の腕が飛び出してきて大村の腹部を狙う。
「…………」
大村は意識を集中させると、口の中から凄まじい熱量の光線を吐き、その二本の腕を焼き払った。
「素晴らしい! 君の進化は人間の能力を著しく超えている! 世界中の人間が全て君のようになることを私は望むばかりだ!」
「いくら寿命が長くなろうとも、攻撃に特化した進化など次の争いを生んで種の絶滅を早めるだけだ! それがどうして分からない!」
「人間は争い、競い合うことでしか自身の承認欲求を満たせない愚かな生き物なのだ! それを理解しない限り、私には勝てないぞ! 怪人28号!」
富士はそう叫ぶと、全身から生えた腕を全て大村に向けて一斉に発射した。
大村は両手でそれらの半分を掴むと、握りつぶし、残りの半分を再度放った光線で焼き切った。
その隙に富士は大村の背後に回り込み、強烈な蹴りの一撃を浴びせた。
大村は口から血を吹き出すと、地面に膝をついた。
「お前とてそうだろう、怪人28号。お前が最初に怪人と戦ったのは他でもない、自分の力を世界にひけらかしたかったからだろう?」
「違う。俺は……」
手をついて立ち上がろうとする大村の背中を、富士が勢いよく踏みつけ地面に這いつくばらせる。
「認めろよ、怪人28号。お前には、他人を思いやる心など初めからない。本当に他人を救いたい気持ちでいっぱいなら、スーツに身を隠す手間さえ惜しむはずだ。真っ先に助けに足を進めるはずだ。それをしないのは、お前が承認欲求の塊だからだ!」
富士はそう言うと、大村の首を掴んで持ち上げた。
大村は抵抗する力すら残ってはいなかった。
「お前を失うのは惜しい、だが人類の進歩のためにはお前が邪魔だ。さようなら、だ。怪人28号」
これでとどめだ、と富士が最後の一撃を放った瞬間、大村の脳裏を鮫島の一言がよぎった。
──行動には、責任が生まれる。
富士の一撃が大村の心臓を貫いた。
「終わったな……ん!?」
異変に気がついたのは富士だった。大村の体がやけに軽い。軽すぎる。
「まさか……!?」
富士が慌てて頭突きを大村の頭部に食らわせると、厚い外殻が砕け、中が空洞になっていた。
「そう、脱皮だ」
大村はそう言うと富士の胸に右手を突き刺し、心臓を握りつぶした。
「そうか……私が被検体22号にしたことを覚えていたのか……全く、余計な知恵を見せるべきでは、なかった、な……」
そう言って富士は崩れ落ち、絶命した。
富士が息絶えると、大村の体に変化が訪れた。
まず、大村の外殻にヒビが入り、粉々に割れた。
中からは人体強化薬を飲んだ直後の大村の姿が現れた。
「怪人化薬の効果が切れたのか……?」
大村はそう呟くと、富士の遺体を担ぎ上げ、その場を後にした。
大村が富士の遺体と共に手塚埠頭を後にしてから一週間後。
日本全土に怪人化薬を散布するという富士の計画は未然に防がれ、人々は徐々に平和な日常を取り戻していた。
しかし、怪人化薬が完全にこの世から消えたわけではなかった。
富士が死んだ後も、怪人の出没事件は後を絶たず、国も対特殊生物対策隊を設立することとなった。
そして大村もその隊に属する隊員として、国から怪人の退治、及び捕獲を命じられる立場となった。
「よし、今日も頑張るぞ!」
大村のデスクの上には、撮影用スーツを着た鮫島の写真と、二人で真面目そうに写っている秀明と富士の写真が大事そうに並べられていた。
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