第5話 ヒーロー

 目が覚めると大村は椅子に足を固定され、後ろ手に手錠をかけられていた。

 大村が怪力で無理やり壊そうと試みるも、それは失敗に終わった。

「無駄だよ、怪人28号。それは私が怪人用に作った特注品なんだ。そう簡単には壊れない」

「お前は何者だ? 姿を見せろ!」

 大村が目の前の暗闇に向かってそう言うと、そこから一人の男性が現れる。

 細目の理知的な印象を受ける男だった。

 男性は大村の向かいの席に座ると、自己紹介した。

「私はドクター富士。全ての怪人の生みの親にして、人類を次の進化段階へ導くものだ」

 富士は白い怪人と全く同じ声色でそう言った。

 大村は怒りの眼差しで富士を睨みつける。

 そんな大村の様子を見て、富士は笑みを浮かべた。

 そして、説明を始めた。

 まず、大村が戦っていたのは改造人間のプロトタイプであること。

「──そしてそのプロトタイプを生み出す過程で君の飲んだ人体強化薬を偶然生成することに成功した。まあ、副作用で細胞の若返りが見られるが、君にはそれが都合よく働いたようだね」

「怪人を生み出すことが、どうして人類の進化に繋がる?」

 大村の質問に、富士が答える。

「いいかい? 人間はいずれ必ず老いる。これはどうしようもない事実だ。だが、もし永遠に生きられるとしたら?」

「そんなことできるわけがない! 不可能だ!」

「そうだ。その通り。だからこそ、永遠の命を手に入れるために多くの科学者が研究を重ねてきた。だが、我々は別のアプローチをとることにした。それは他の生物との合体だ」

「そんなこと、本当に可能だと思っているのか?」

「ああ。君だって見ただろう? 外見の違いこそあれ、君が戦ってきたのは立派な人間だ。進化した、ね。実際彼らは食人衝動を持つという欠点を除けば我々の理想にほぼ近い生物だ。老いることもなく、外からの攻撃にも強い。まさに進化の理想形だよ」

「狂ってるな」

「いいや、私はまともだ。だから君の息子も研究に協力してくれた」

「なに?」

 大村は驚きを隠せなかった。

 自分の息子が、怪物の研究に協力していたなどとは夢にも思わなかったからだ。

 しかし、冷静になって考えてみれば、息子の態度はおかしかった。

 まるで何かに取り憑かれたように、仕事漬けの毎日。あんなに仲が良かったはずの妻ともそれが原因で離婚していた。

「彼は優秀だったが、真面目過ぎた……完成したプロトタイプが人を襲うと分かった途端、彼は人体強化薬を無断で持ち出し、君に使用した……まあ、おかげでいいデータが手に入ったのは確かだが」

 なぜ今まで、もっと息子を気にかけてやらなかったのだろうか。

 大村は自分を責めた。

 そんな大村の姿を見て、富士は言った。

「まあ、そう自分を責めるもんじゃない。ストレスで精神的に疲労されては困るからね。これから君にはもう一度被検体になってもらうんだし」

「なに?」

「なに、簡単な実験だ。今まで試さなかった自分の愚かしさに頭を抱えるよ。内容はこうだ、人体強化薬を打った人間に怪人化薬を投与した場合の反応を見たいんだ」

 そう言って富士は注射器を取り出すと薬品を吸い取った。

「さあ、科学の進歩に犠牲はつきものだ。いい結果が出ることを祈っていてくれよ?」

 大村は逃げ出そうと必死に抵抗するが、拘束具はビクともしなかった。

 やがて針の先端が皮膚に触れ、大村は恐怖で顔を歪めた。

 その時、暗い部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の男性が入ってきた。

「誰だ!」

 注射の手を止め富士が振り返ると、そこにはリメイク版『怪人28号』のスーツを着た男が立っていた。

 大村は直感的にそれが鮫島であることを理解した。

「ふん、馬鹿な奴だ。単身で乗り込んできてヒーローごっことはな」

 富士がそう嘲笑うが、鮫島は震える声で宣言する。

「観念しろ!もうすぐ警察もここへやって来る。お前は終わりだ!」

「くだらない妄言だな。待っていろ大村、すぐに実験を再開する」

 そう言うと富士は脇に置いてあった拳銃を取って鮫島に向かって発砲した。

 しかし、銃弾は外れ、傷一つ付けることができなかった。

 その間に鮫島が距離を詰めてくる。

 両者の距離はおよそ四メートル! 

 しかし、富士は状況判断で銃を捨てると、鮫島に襲いかかった。

 富士の拳が鮫島の腹部を捉える。

 骨がバキバキと折れる音が大村のいる場所まではっきりと聞いて取れた。

 しかし、鮫島はお返しとばかりに富士の胸ぐらを掴むと、背負投げをした。

 床に叩きつけられた富士は苦悶の声を上げ、ポケットにしまっていた注射器を鮫島の首元に刺した。

「ぐあっ!」

 鮫島の動きが一瞬止まる。

 すると、今度は富士が立ち上がり、鮫島と取っ組み合いになった。

 富士が優勢な状態を保ち、富士の拳が鮫島の顔面を捉え、殴り飛ばした。

 マスクが割れ、血の滴る鮫島の顔を見た大村の力が怒りによって倍増し、手錠を破壊した。

「鮫島に手を出すなー!」

 大村はそう言いながら富士に背後から殴りかかった。

「ふむ、流石に二対一は分が悪いな。一旦引くとしよう」

 富士はそう言うと開いていた扉まで一瞬で走っていくと、部屋から姿を消した。

「おい、おい! 大丈夫か鮫島! しっかりしろ!」

 割れたマスク越しに見える鮫島の顔は、どう見ても大丈夫とは思えなかった。

「大村さん、なんか、薬を打たれたんですけど……これって大丈夫な奴ですかね?」

鮫島の足元に落ちていたのは先ほど大村に打とうとしていた薬と同じ、怪人化薬だった。

「ああ、マズい。どこかに解毒剤はないのか?」

 大村は必死で探すも、それらしきものは見当たらない。

「クソッ!」

 怒りのあまり大村は自分の座っていた椅子を蹴飛ばした。

「大村さん、僕……ヒーローに見えました?」

「ああ……当然だろ? お前は立派なヒーローなんだから」

「よかった……僕、大村さんに認めてもらうのが夢だったんです。これで、安心して逝けます……ううっ!」

 鮫島がうめき声を上げる。彼の爪は剥がれ落ち顔の皮膚が剝がれ始める。

「僕は、怪人になっちゃうんでしょう? ならその前に……頼みます」

 大村は、鮫島の言わんとしていることを察し、声を上げた。

「いや、ダメだ鮫島! そんなことできない!」

「お願いです、大村さん……あなたに殺されるなら本望です。どうかヒーローのまま死なせてください……頼みます」

 大村は自分のもう一人の息子のように育ててきた鮫島を殺すなどできないと思った。

 しかし、殺さなければ鮫島は怪人となり、最悪の場合人を襲ってしまうかもしれない。

 それだけは避けたかった。

 大村は数分悩んだ挙句、頷いた。

「……分かった。俺を、恨んでもらって構わない。俺を許さないでくれ」

 そう言うと大村は鮫島の首の骨を折った。

 こうして、ヒーローは一人、ヒーローのまま命を絶った。

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