第3話 旧友
「金がないな……」
翌日、そう大村は一人呟いた。
手持ちの金は使い切り、財布を取りに家へ帰ろうにも今頃あの怪人28号の姿をした人物をどう思うかと聞きたいマスコミが自宅前に張り付いているだろう。
廃校に戻って身を隠してスーツを脱ぎ、普段着に戻った大村は考えていた。
「そもそもなぜ俺だけがこんな力を……? あの小瓶を秀明はどうやって手に入れたんだ?」
謎は深まるばかりだった。
考えていてもしょうがない。大村は少し周りを散歩して考えをまとめようと廃校を出た。
すると、そこには一人の男が立っていた。
その男は大村の姿を見ると、警察手帳を見せてきた。
「石ノ森警察署の佐藤っす。少し署でお話を伺ってもいいっすか? 例の怪物と戦ってる人物について」
「ああ。ああ、いいとも」
バレるのは時間の問題だった。
大村は大人しく佐藤の乗ってきたパトカーに乗り込んだ。
「じゃあ、最初の質問っす。名前は?」
「寺島明」
俺がそう答えると佐藤が笑った。
「またまたあ、いくら顔が似てるからって偽名はよくないっすよ。で、ホントは?」
大村は観念したようにため息をつくと、答えた。
「大村、大村英光だ」
「やっぱり! いやー、まさかと本人はねえ……んで? その大村英光が、どうやってそんな若い姿に? なんであんな格好で怪人と戦わなきゃならないんすか?」
「それは……」
大村は言葉を詰まらせた。
正直に話したところで信じてもらえるはずもない。下手したら頭がおかしいと思われるだけだ。
大村が悩んでいると、車は警察署に到着した。
「中でゆっくり話しましょう。ここなら落ち着いて話が聞けますし」
大村は促されるまま車を降りた。
「さっきも聞いた通り、まずどうしてそんなに若いのか、理由を教えてください」
「それは……」
大村は悩んだ末、全てを話すことにした。
「……信じられないだろうが、これは全部息子……秀明がくれた薬のおかげなんだ。それを飲むと、若くなって、力がみなぎったんだ」
「息子さんって……まさか息子さんも変身して戦っているとかそういう……?」
「いや違う。息子にはそんな力はない……と思うし、息子は今日死んだ」
「それは……お悔やみを申し上げます。ご遺体は? まさか自宅に?」
「ああ、たぶんまだあるはずだ」
「了解っす……それで、なんであんなスーツを着てあんなバケモノたちと戦ってるんすか? 彼らについて何か知ってる事が?」
「いや……ただ力があって、たまたまテレビで人が襲われてるのを見たら、いてもたってもいられなくなって……」
「……姿を隠してバケモノ退治を?」
「ああ。まあ、そんなところかな」
佐藤は大きくうなずいてメモを取っていた手を止めた。
そして再び口を開くと、こう言った。
「あなたを逮捕しないといけないかもしれません」
大村はその言葉に耳を疑った。この人は何を言っているのだ、と。
しかし、その表情は真剣そのものだった。
彼は続けた。
「警察として、あなたのような自警団を放っておくわけにはいかないし、それに、一般人の範囲を超えた力の保持は脅威にもなりうる。一度検査を受けさせるためにも、あなたを建造物侵入罪か殺人容疑で逮捕しなければいけないっす。本意ではないんすけど……」
「そうか、意見の相違だな」
大村はすぐに逃げ出す決意をした。
大村は立ち上がり、背後の壁をぶち破ると警察署の前の道路を走り出した。
車より速いスピードで、スーツを回収するためにまずは廃校までいったん戻る道を大村は走っていった。
「器物損壊までついちゃったなあ……」
佐藤は呑気にそう言いながらボトルから取り出した新しいガムを噛み始めた。
スーツを無事回収した大村は、信用できる友人宅を訪ねることにした。
相手はそう、『怪人28号』のリメイクで寺島明役を演じた男性俳優、鮫島龍平の住むマンションを訪れた。
チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
中から出てきたのは、長身の、やや細身の男性だった。
髪は短く刈り込まれており、丸眼鏡をかけたその目は優しそうな印象を感じさせた。
大村が挨拶をしようとすると、彼はその姿に驚いて小さく悲鳴を上げた。
「信じられない……! まさか、若い姿の大村さんが見られるなんて……! あ、写真撮っても大丈夫ですか?」
「いや、すまない。少しこの騒動が終わるまでは遠慮してくれるとありがたい」
大村が苦笑いしながらそう言うと、彼は残念そうに肩を落とした。
その後、大村は鮫島に勧められるがままに部屋に入り、ソファに腰かけた。
鮫島はキッチンの方へ行くとコーヒーを二つ用意してくれた。
彼が隣に座ったところで、大村は話を切り出した。
「実は……ニュースで話題になってる怪人と戦ってるヒーローは、俺なんだ」
それを聞いた鮫島が子供のような目で大村を見つめた。
「じゃあ、本当に戦ってるんですか? ここ数日本当の怪人と?」
「ああ」
大村がそう答えると、彼は興奮した様子で立ち上がった。
そして大村の手を掴むと、目を輝かせながら早口に喋りだした。
「怪人が現れて、ヒーローがそれを撃退する。最高じゃないですか! どんな気分なんですか? 本物のヒーローになるっていうのは?」
「最高『だった』……と言うべきかな。助けられた者の声よりも、助けられずに目の前で死んでいった人たちの目が、頭から離れない……」
それを聞いた鮫島は冷静さを取り戻し、心配する顔つきに変わった。
「あの、大丈夫なんですか? このまま続ければ、きっとそういうことも増えますよ?」
「ああ……そうだろうな。俺は全知全能じゃないから、全員を救うことはできない」
大村がそう言うと、再び俯いた。
そんな大村に、鮫島は言った。
「でも大村さんがいなければ救えなかった命もあった。でしょ?」
大村はハッとした顔で鮫島の顔を見る。
鮫島は微笑むと、立ち上がって棚に飾ってあった小さな写真立てを取り出してきた。
それを大村の前に差し出すと、鮫島は話し始めた。
「僕が大村さんと初めて会った日の写真です。覚えてます?」
「ああ、覚えてる」
大村は忘れるはずがなかった。なぜなら鮫島は近年稀にみる若い怪人28号の熱狂的ファンだったからだ。
「あの日大村さん言いましたよね、これからの若い子供たちは君をヒーローだと信じて育つことになる。行動にも今まで以上に責任が生まれる、って」
「そうだな……そうか……」
「本物のヒーローになっても、それは同じじゃないかと僕は思いますよ」
大村は納得したような顔をして、しばらく黙っていた。
やがて口を開いた大村は、鮫島に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。迷いが晴れたよ。それで……その、こんな話の後で言いにくいんだが……しばらく泊めてもらえないだろうか? 自宅は警官やマスコミが見張っていてね」
「ええ、ええ! ぜひ泊っていってください!」
大村はこうしてしばらくの間鮫島の家にやっかいになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます