飾るに値しない

かがみん

飾るに値しない

「熊島、ちょっと」

 美術の時間、先生から突然そう声をかけられた。右手にはぼくが授業で書いたスケッチがにぎられている。

「おい熊島、尾崎さんの目はこんなになってるか?」

 バンッと力強くノートを叩く音が廊下に響く。教室にいたみんなはじろじろとこっちを気にしていたようだったから、もしかしたら今の音でぼくが体罰を受けたと誤解しているかもしれないなと思った。

「はい。なってます」

 ぼくは、尾崎さんの特徴を余すところなく書いた。ついこの間切ったばかりの黒い髪に、少しだけ極端ななで肩。そして、焦点のあっていないつぶれたような右目。

「熊島、たしかに尾崎さんは目が見えないからそういう目をしているかもしれない。でもな、彼女は好きでそうなっているわけじゃない。生まれた時から盲目という人より重いハンデを背負っているんだ」

「……はい」

「みんなちゃんとそこを濁して、傷つけなくてすむように接してあげてるんだ」

 だとしたら。だとしたらそんなのは尾崎さんに嘘をついていることになるんじゃないか。そう思ったぼくの肩を、目の前の美術教師は力強く掴んだ。

「いいか、思いやりは大事だ。それは小学校でも中学校でも習っただろ?とにかく書き直しておけ、いいな?」

 そう言って教師はスケッチブックを投げやりにぼくに押しつけ、一歩だけ大きく後ろに下がってしまったぼくは、その足で廊下を踏みつけるように踏み出して教室へ戻った。


 授業の後半、ペア同士で自分の書いたスケッチを見せ合うことになった。

「緊張したねー」

「え、俺ってこんな鼻でかい?」

「お前の顔平凡すぎて掴む特徴なさ過ぎたわ」

 そんなざわざわとした教室が、なぜか一瞬でぴたっと静まり返った。理由は、たぶんぼくにあった。

「熊島!お前なぁ……」

 ――――。

「……尾崎さんらしさを時間内で掴もうとした結果、そうなりました」

 ――ぼくは、嘘つくの苦手だし。

 結局、ぼくはあの絵を描き直さなかった。だって。彼女は飾るに値しないと思ったから。


 放課後、ぼくは美術室の掃除を任せられた。「任せられた」というよりは罰で押し付けられたと言ったほうが正しいかもしれない。

 がらがら、と扉のあく音がした。入口に立っていたのは果たして、尾崎さん本人だった。

「えっと、忘れ物したから」

 そう言って尾崎さんは少しだけはにかんだように笑った。ウインクをしたのかな、と一瞬思ったが、それは元から携えた表情だった。

 尾崎さんはぼくのことを怒っているだろうか。まわりが普通に持っているのに自分はないそれを有り体に描かれて、傷つき、肺が黒くどろどろとしたもので満たされるような、そんな不快な思いをしたのだろうか。ぼくには、彼女の顔が見えないでいた。

「ねぇ」

 ……。

「あの、また明日ね」


 ぼくには。真面目なふりをして何かに復讐しようとしているところがある。ぼくをぐちゃちゃにかき乱そうとしている彼女に、八つ当たりをしようとしている。

 


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