【002】黒髪の男

 状況を覚えている限り説明したが、浅見は首を傾げたままである。

「前にも話したように『Desire』の能力は各個人に大きく依存する。正直に言うと、この事例だけではデータ不足だね」

 浅見は苦い顔をする。

「そういえば、未守から聞いたんですけど、『Desire』が暴走した人間はもう元に戻らないって本当ですか……?」

 浅見はしばしの沈黙の後、口を開く。

「『Desire』は"発症"したが最後、暴走させないために御する以外の道はない。それ以外は然るべき措置を執らざるおえない」

 浅見はあえて口をつぐんでいるが、"然るべき措置"とはすなわち、未守がだろう。それを想像するだけで、胸が締め付けられる想いになる。

「しかし、そこに君は現れた。言うなれば君は不治であった病を根源から取り除くことが出来る唯一の"医者"ということだ。ただ……」

 浅見は口ごもる。

「君の能力は対人、かつ最前線に出ることで真価を発揮する一方で、未守さんとは違い、戦闘能力は皆無に近いからね。彼女が相手取るような接敵メインの相手には分が悪すぎる」

 それは前回の経験から既に分かっていた。現に暴走した朝桐に手も足も出なかったのだ。歯かゆい想いから手を強く握りしめる。

「そう焦ることもないさ、言うなれば一歩前進したんだ。君は君にできることをやっていこう」

 浅見に慰められていると、不意に扉が開く。自然とそちらに視線が吸われる。

「帰ったぞ」

 入って来たのは高校生らしき男。フードを被っているためか肝心の顔は見えないが、かろうじて、銀髪らしき髪色が見えた。

 ……銀髪?  今、確かにそう思ったが、訂正する。眼前の男はであるのだから。

「おかえり、『トオリ』くん」

 "トオリ"と呼ばれる男はゆっくりとこちらに近付いてくる。彼がまとっているどこかちぐはぐで、違和感が残るような雰囲気は何とも形容しがたい。

「アンタが葉凪だな、こんな得体の知れない場所に身を置くなんて酔狂なこった」

 こちらへの視線は感じるが、依然として顔は隠れたままである。

「彼はトオリくん、"十"に"梨"と書いて『十梨とおり』くんだよ。彼は未守さんとは違い、主に潜入調査をお願いしてるんだ」

「よろしく」

「互いの利益のために利用し合うような関係に馴れ合いなんて必要ないだろ」

 握手を求めて差し出した手は羽虫のように払われた。ギスギスとした空気を切り裂くように、部屋の奥から物音が鳴り響く。

「随分な嫌われようね」

 今まで立ち行ったことのない奥の戸からは濡れ髪の未守が現れた。どうやらあそこは浴室らしい。

「……まあいい、報告は後でまとめて送信する」

 そう言って十梨は未守が出てきた反対の戸へ入って行った。

「ははは……十梨くんはあのようにちょっと気難しいたちでね、許してやってくれ」

 雑な対応に少しムッとしたが、ここにいる以上何かしらの事情があるのだろう。きっとお互いを詮索する行為は得策ではない。そう思い、視線を浅見の元に戻すことにした。

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