Ms. Dreamer

【001】幕開け

 図書室から一人夕暮れを眺めていると、図書室の扉が開く。

「お待たせしました、葉凪先輩!」

「お疲れ様。ごめんな、無理言って」

「いいえ、それで話……でしたっけ?」

 詩藍しらん高校の一年生にして、自分の過去を知る人物、『たちばないつき』。

 朝桐あさぎりの件から一週間ほど経過したが、未だ自身の失われた記憶の手掛かりは掴めていなかった。そのため、記憶を思い出す何らかの刺激になればと、彼女に昔の自分について尋ねることにしたのだ。

「昔の先輩ですか……」

 彼女は少し考える素振りを見せる。

「解答に困りますが、確かに言われてみれば昔と比べて"何か"が欠けているような……?」

「何かが?」

「ええ、言葉にするのは難しいんですが。何と言うか、そこにあったはずの大事な何かが抜け落ちているような……そんな感じですかね」

 眉間みけんしわを寄せ、難しい顔をしている。彼女はこういった話はあまり得意じゃないようだ。

 かくいう自分も、いきなり言葉で表現しろと言われたら同じことになるだろう。申し訳ないが、これ以上訊いても満足な解答は得られそうにないなと感じ、席を立つ。

「そうか、ありがとう。ところで荷物を持ってないが、どうしたんだ?」

 バツの悪そうな顔をしている。まさかと思い、こっそり図書室の戸を開けて廊下をのぞく。遠くから彼女を呼ぶ教員の声が聞こえる、それも怒声。

「……行った方が良いんじゃないか?」

「はい……」

 蚊の鳴くような声で返事をした後、橘は静かに出ていった。しょぼくれた様子は主人の帰りを待つ犬のようだ。

 スマホの画面を確認する。約束の時間まであと数十分、早く着いても文句は言われないだろう。荷物を持って目的地に足を運んだ。


 事務所にはコーヒーカップ片手に佇んでいる浅見あさみがいる。相変わらずミステリアスな気配をまとっている。

「やあ、いらっしゃい。ささ、座って座って」

 促されるままにソファに腰かける。依然として必要最低限なものが並んだ殺風景な部屋だが、こう何度も通っていると愛着というものが湧きそうである。

「じゃあ、早速だが本題に入ろうか」

 浅見が差し出した舌が痺れるほどのコーヒーを口にする。

「朝桐くんに使ったであろう君の"能力"について、だ」

 詩藍高校剣道部二年にして、前回の事件の犯人、『朝桐蒼斗あおと』。自分が初めて相対した『Desire』保有者だ。

「結末だけ簡潔に言うと、大団円。全て丸く収まった訳だが、その、君の能力の仕組みと発動条件には謎が多い。当時の状況をもう一度詳しく説明してくれるかい?」

 ――こうして、新たな舞台の幕が上がった。

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