【後日談】
「うん、
精密検査には異常はなかったが、人間の身体の傷はそのエキスパートにとの事だったため、浅見が紹介してくれた病院に足を運んでいた。隣にはバツが悪そうにしている朝桐の姿がある。
「葉凪、本当にすまない!」
帰路の途中、朝桐は頭を下げて謝罪する。あの事件以来、ずっとこの調子だ。自分に非があると言って聞かず、大会も辞退するとの一点張りである。
ただ、実際に自分にはさほど問題はないし、鋸来にも一切の外傷はなく、朝桐と打ち合ったこと以上記憶はないようであった。朝桐の『Desire』によって異常をきたした人たちも、事件解決を境にまるで何もなかったかのようにすっかり完治しているとの事だ。浅見曰く、あくまで力を吸収していただけのため、大元を撃破したことで本来の力の持ち主に帰ったのだという。
「大丈夫だよ。別にあの事件は朝桐の本意じゃなかったわけだし、俺も別に酷い怪我ってわけでもないしさ」
「だ、だが、それじゃ俺の気持ちが収まらねえ」
朝桐は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「そう言われてもなあ……」
少し思案した後にあることを思いつく。
「なら、これはどうだ?」
バッグから剣道大会のチラシを出した。
大会の結果だけ言うと、うちの高校の剣道部はあと一息というところであった。朝桐が二年の部に出場したが、決勝戦で惜しくも敗退した。部長は完治からあっという間に感覚を取り戻し、強豪を打ち破っていったが、角ノ先輩とあたり、判定の末敗退してしまった。
しかし、全く無名ともいえる本高校剣道部がここまで勝ち上がったのは異例で、学校で表彰を受けた後、たちまち有名となり、入部を希望する生徒が集まったそうだ。また、大会で負けた日、朝桐は『次は必ず勝って約束守るからな!』と連絡をしてきた。どうやらかなりの負けず嫌いらしく、日々の練習に勤しんでると天鈴は笑って話していた。
そう言う天鈴は居合道を始めたらしい。元々興味があり、入門したところ中々の逸材ともてはやされたようだ。ただ、剣道部を辞めるつもりはなく、空いた時間でサポートをするという立ち位置に落ち着いた。
「未守さんがいなかったら少しまずかったかもだけど、朝桐くんからも『Desire』の反応は消滅したし、今回は一件落着ってとこかな」
事務所で浅見はコーヒー片手に話す。
「彼からしてみれば『自分の居場所、つまり、部活を存続させるために、強くなって大会で名を残す』ことに囚われるあまり、『自分より剣道が上手い人間から力を奪う』と歪んでしまったんだね。ただ、今回の件は僕らが追ってるものには直接は関係なさそうだ。まあ、とにかくお疲れ様。短い休暇かもしれないが、ゆっくり休んでくれ」
その言葉に甘えて早めに帰宅する。今思えば激動の月であった。見知らぬ世界に足を踏み入れたのも束の間、あっと言う間に巻き込まれ、激しい情熱に身を焦がされた。
左手を天井に伸ばす。あれが『Desire』というのなら自分はどれだけの願いで記憶を失ったのだろう。そんなことを考えながら瞳を閉じる。
「 」
誰かに呼びかけられたと思い、飛び上がる。勿論部屋には誰もいない。雨音が強く響くだけである。ただ、懐かしさを感じるようなその柔らかな声は確かに耳に残っていた。
窓越しに空を泳ぐ鯉のぼりを横目にそっとカーテンを閉めた。
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