【023】帰還

 眼前には見慣れた風景が広がっている。ただ、それより早く、全身の痛みがここは現実であると告げていた。先ほどまで忘れていた痛みにたまらず片膝をつく。

「貴方、何をしたの……?」

「そんなことより朝桐はッ!」

 痛みに耐えながら顔を上げる。朝桐は依然として甲冑のままだった。

「嘘……だろ……!」

わめかないの、ちゃんと見てみなさい」

 諭されるがままに朝桐を凝視する。すると甲冑にヒビが入り、ボロボロと崩れ落ちていく。その残骸は地面に触れる前に霧散していき、がれ落ちた甲冑の中にはいつもの朝桐がいる。

「どんな手段を用いたかは知らないけど、今回の賭けは貴方の勝ちよ、葉凪。それに、はい」

 未守は右手に持っていたスマホを操作して、こちらに突き出す。

「お疲れ様、葉凪くん。未守さんから簡単に話は聞いたよ。見事反応消失、お手柄だね。色々訊きたいことはあるけど、とりあえずは身体検査をしよう。迎えに行くからちょっと待っててくれ」

 それは浅見の声であった。それだけ告げるとプツリと電話が切れる。安堵あんどから大の字で倒れこむ。

「未守はこの後どうするんだ?」

 仰向あおけのまま未守に尋ねる。彼女は半ば呆れたような顔を見せる。

「別に怪我の一つもないんだからそのまま帰るわよ、報告はスマホでできるんだし」

 そう言う彼女は自分とは対照的に傷一つ無く、髪にさえ乱れた様子はない。

「じゃ、私は行くわね。こんな所で油を売るほど暇じゃないの」

 彼女は校舎の壁と壁を華麗かれいに蹴り登っていき、校舎の上でこちらを見下ろす。

「またどこかで会いましょう」

 妖艶ようえんに微笑む彼女は月を背景に跳び立つ。屋根や電柱を華麗に蹴り継ぎ、すぐに夜の闇に溶けていった。

「ははっ、本当に人間かよ、あいつ……」

「朝桐!」

 勢い良く身体を起こそうとする。が、力が上手く入らない。なんとか頭を上げて朝桐を見る。

「無理すんな、葉凪。それはそうと迷惑をかけたな、すまねえ……」

「おう! 困ったらいつでも頼ってくれよ!」

 一瞬面食らったような表情を浮かべたかと思えば、安らかな笑みに変わる。

 彼の頬に咲いていた花は気づけば枯れていた。

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