【021】闘志

 目の前で激しい攻防が続く。未守が朝桐の刀をかわし、あるいは刀で受ける。一見、防戦一方に見えるが、未守には焦りの色は見えず、依然冷静なままであった。彼女のその視線は品定めをしているようにも見える。

 一方、朝桐はかなり消耗しているようで、肩で呼吸をしている。自分は彼に先程まで圧倒されていただけに信じられない光景だ。

「貴方、威勢が良いだけで、その程度なの? 残念、期待して損したわ。あまりに弱すぎて味気ないわね」

 未守は刀を鞘に納める。その明らかな好機を敵は見逃す筈がなかった。

「『蔴風想』……」

「くどいわ」

 鞘を前方に勢い良く突き出す。その先端には朝桐の鎧があった。常人の目には朝桐が一瞬で未守の前まで移動したように見えた。

「貴方のその技、『歩法』を利用した高速移動の一種でしょ。力を吸収された被害者の中にそれに似た足運びをするんでしょうね」

 彼女は鞘を朝桐に押し付けたまま、一気に刀を引き抜く。彼女はニタリと笑う。

「避けないと、は痛いわよ」

 刀は一瞬で一直線に突き出される。風圧で剣道場の道具が散乱し、外で何かが叩きつけられたような音が響く。どうやら朝桐は剣道場の外まで吹き飛んだようだ。

「呆気ないわね」

 刃こぼれ一つ無い無骨な日本刀を仕舞う。りんとした振る舞いは依然として崩れない。一方的な蹂躙じゅうりん、そんな言葉がピッタリであった。

「葉凪、立てる?」

 振り向きながら彼女は尋ねる。

「ああ、なんとかな。でも、こんな大事起こしておいて大丈夫なのか?」

「平気よ、どうせ浅見たちが手回しするもの。ならさっさと行くわよ」

「ちょ、鋸来を置いてどこに行くんだよ!」

 焦る自分とは対照的に、彼女はさほど気にした様子をみせない。

「どこって決まってるじゃない」

 あっけらかんと一声。

「あいつを始末しに、よ」

「……は?」

 想定外の返答に戸惑う。彼女は不思議そうな顔をしている。

「なに、聞いていないの? "願い"に呑まれ、暴走した人間はもう二度と?」

 思考が白く染まっていく。始末? 元に戻らない?

「……そう、なら私一人でやるわ。ひところす覚悟もない人間は尻尾巻いて逃げ帰ればいいじゃない」

 未守は少し軽蔑したような視線をこちらに向けて、外へ向かう。

「待っ……」

 全身が痛み、片膝をつく。緊迫した状況で痛覚が麻痺していたのだろう。自分が思っていたよりも身体の制御がきかない。

 一体どうすればいい、必死に思案する自分を意に介せず、未守は次第に遠ざかって行く。

「くそッ!」

 たまらず床に拳を打ち付ける。いや、待て。まだ可能性はあるじゃないか。そう思いついた時には、足はもう動いていた。

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