【019】不屈

 朝桐は沈黙を続ける。だが、その沈黙は肯定であると、その眼は物語っていた。

「お前がやっているのはこの部活のためなんだろ?」

「だったら、なんだ」

 ゆっくりとだが、朝桐の注意がこちらに向いてきている。現状限りなく無策に近いが、疲労困憊こんぱいの自分が正面から向かっても、簡単に蹴散らされてしまうことは確かだ。ひとまず、鋸来への意識をこちらに向けてくれただけ上々と取るべきだろう。

「居場所がなくなるのが怖いんだろ。でも、こんなことで護れると思っているのか? 人の犠牲の上に成り立つものがお前は欲しかったのか?」

 朝桐の眉がぴくりと動く。頬の花びらが赤みを増していく。

「なあ、葉凪。お前に分かるか?」

 朝桐はかぶとの中から顔をのぞかせる。失望や悲しみに満ちた眼は確かにこちらを見据えている。

「自分の居場所がなくなる恐怖が」

 彼は静かに、おごそかに言葉を紡ぐ。

「孤独から救ってくれた恩を返せず、ただ指をくわえて滅びを待つだけの傀儡くぐつに成り下がる愚かさが」

 竹刀を軽く振ってみせる。風圧で転がっていた防具が吹き飛ぶ。

「なあ、葉凪」

 ほとばしる殺気。こちらへの敵意はもう隠す必要はないと判断したことは火を見るより明らかである。

「お前、邪魔だよ」

 朝桐はうなりをあげる。空気がビリビリと震え、黒い靄は濃さを増す。もうそこに立っているのは朝桐ではない。であった。

 「『蔴風想あさがお』……」

 朝桐は静かにつぶやき、真下に竹刀を振り下ろす。何をしているのか疑問に思うより先に自身の身体がで叩きつけられるような感覚に陥る。

 苦悶で思わず声が漏れる。依然として朝桐は動揺したような様子は見せない。

「おい、朝桐!!」

「呼ん……だか……?」

 いつの間にか朝桐は横にいた。しかも、既にで。まずい、避けきれな……

 金属バットで殴られているような衝撃が身体を襲う。意識が一瞬遠のく。己の身体は宙に浮き、防具の山に突っ込んだ。なんとかまだ意識は保っている。しかし、まともに動ける気力は残っていない。だが。

「一度やるって決めたなら、やり切らなきゃなあ……」

 今、己を突き動かしている感情がなんなのかは分からない。こんなに辛い思いをしながらやるべき事かと疑うほどだ。でも、ここで友を救えなかったら絶対に後悔する。後悔するくらいなのであれば、足掻いてみせる、叫んでみせる。

 だから、もう一度。もう一度だけ。

「どうして立ち上がる、葉凪」

「どうしてって簡単だろ。そんなこともわかんねえのか?」

 朝桐は竹刀を構える。それは、黒い靄で覆われたと思えば、命を狩る姿へと変貌へんぼうする。

「朝桐、お前は凄いやつだよ。なんでも自分で背負い込んで、周りに迷惑をかけないようにって誰でも出来ることじゃねえ。だけどな、朝桐」

 息を吸い込んで一言。

「もっとわがままに、自分の意思を伝えていいんだぜ」

 そんな言葉に聞く耳もたず、朝桐は刀剣を構え、凄まじいスピードで近づいてくる。辛うじてで立っているが、ふらつく足では避けることも叶わないだろう。思わず目をキュッと閉じる。やることはやった。それでこの結末なら、仕方ないと諭す自分がどこかにいた。

 耳に金属音が響く。だが、痛覚はない。おそるおそるまぶたを開ける。

 ――月夜が漆黒の髪を彩る。間一髪、頬に接するより前に未守の刀が遮っていた。

「あら、お邪魔だったかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る