【017】記憶の断片

 目が開いていると自覚した時、周囲の景色が先程までと異なっていることに気づく。どこか曇っているような、ぼんやりとした視界は明晰めいせき夢の感覚によく似ていた。

「おい、朝桐! 一緒に剣道やろうぜ!」

 聞き慣れたその声量に気づき、振り返るとそこには辷部長と朝桐の姿があった。

「だからもう構うなよ。てか、俺みたいのが入ったら尚更迷惑だろ」

 場所は剣道場前、新入生歓迎のチラシがあるが、チラシに押された生徒会認証のスタンプは今年のものではなかった。

「堅苦しいことはいいから入れ入れ!!」

 辷部長はガハハと豪快に笑いながら朝桐の肩を掴み、強引に部室に連れて行く。どういう訳か分からないが、ここは昨年度の学校らしい。瞬きをするとカット割りのように剣道場内部のシーンに移り変わる。そこには見知らぬ数人と天鈴がいた。

「あれ、朝桐くんだ! 同じ剣道の授業で踏み込みとか見て才能あると思ったんだ。是非入ってよ!」

 天鈴が目を輝かせながら朝桐ににじり寄る。それに朝桐はたじろぐ。

「お、天鈴のお墨付きなら将来有望じゃねえか。辷よくやった! 朝桐用の剣道道具一式準備するか!」

「な、俺はまだ入るとは一言も……!」

「満更でもなさそうな顔してんじゃねえか。今日からお前も■■だ!!」

 一部ノイズのようなもので聞こえなかったが、困惑してそうに見える朝桐は、どこか嬉しげに見えた。


「練習熱心なこったなあ、ヤンキーさんよ」

 突如として重々しい空気に変わる。依然として場所は剣道場だが、周囲を見渡すと先ほどまであった三年生の名札が消えている。中の配置もいくらか変わっていたが、こちらには見覚えがあった。

 原理は不明だがどうやら朝桐の記憶に干渉しているらしい。となると、周りの状況を鑑みるに、これは数時間前の出来事である可能性が高い。

「てめえ、何の用だ」

 朝桐の威圧するような声からは敵意が溢れ出ていた。鋸来には動じる様子は見られない。

「さっきの仕切り直しだ。大会で初戦敗退するお前のムカつく面ボコボコにできねえのはしゃくだからな、構えろ」

 沈黙を続けたまま、防具を付けた二人は対峙する。竹刀を床に打ち付ける音を合図に戦いは始まった。先程の練習試合では鋸来のあおりでまともな試合が行われたと言い難いが、角ノさんが言っていたように鋸来の腕は確かであった。

 鋸来は朝桐の隙を縫うように攻撃する。朝桐が振りかぶろうものなら、一瞬で片がつくであろう。それもあってか、朝桐は攻めに転じかねている。

「俺が手加減してその程度なら、たかが知れてんな」

 冷めた口調で鋸来は言い放ち、鋸来はすっと身を引いたと思えば、朝桐の胴を一突きした。呆気ない幕引きに朝桐は膝をつく。

「ここはお前みたいなのが居ていい場所じゃねえ。さっさと失せろ」

 朝桐を見る鋸来のその目は酷く冷酷だったが、別のどこかを見つめているようだった。鋸来は朝桐の竹刀を踏みつける。パキッと乾いた音が剣道場に鳴り響く。

「てめえに……」

 朝桐はふらつきつつも立ち上がる。面の隙間から見える眼は悲しみのような、怒りのような熱量をもっていた。自身の身体にもその熱が流れ込んでくるのを感じる。

「何がわかんだ……」

 彼はゆっくりと手を挙げる。すると、じんわりと顔に刺青いれずみが浮かび上がる。途端、その花弁から黒い靄が流れ出てくる。それはあの怪物と対峙した際に見たものと酷似していた。

「は……?」

 鋸来は固まる。常人であれば当然の反応であろう。質量をもった黒い靄は鋸来の脚を奪う。だが、そこで自身の腕に電流のようなものが走り、条件反射で腕を引くと、そこには元の景色が広がっていた。

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