【016】元凶

「忘れ物だったら、入って取ればいいのに」

「あ、ああ。そうだな」

 もしかするとこのまま朝桐と対面するのは危険かもしれない。しかし、ここで引き返しては不自然だ。天鈴の保護を最優先に、最大限警戒しながら剣道場に入る。

 中にはいつになく真剣な朝桐がいる。顔はこちらから見えないが、掛け声をかけながら成人男性程の体格をした案山子に激しく打ち込んでいる。天鈴が荷物を回収するのを見守りながら注意深く観察するが、こちらを気づいたような素振りは見せない。

「よし、僕の方は準備できたよ。葉凪くんは?」

「いや、ここにはないみたいだ。思い当たる場所を探しに行こうと思ってるが、時間かかるだろうし天鈴は先に帰っててくれ」

「そうかい? ならそうさせてもらうよ。明後日の小テストの勉強もしないといけないからね。朝桐くんも集中してるみたいだし、後でよろしく伝えといてね」

 そう言って天鈴は剣道場を後にする。入口で彼を見送り、一呼吸置いた後、朝桐の方に向き直る。

「なあ、朝桐。そのどうしたんだ」

 その案山子は不自然であった。この剣道場では、あってもせいぜい上半身だけついた貧相な案山子で、成人程の体格の案山子なんて今まで見たことがない。だが、判断材料はそこだけでない。が案山子の周りに絡みついていたのだ。

「朝桐!」

 彼からの返答はない。返ってくるのは激しく打ち付ける竹刀の音である。どうやらこちらは眼中に無いらしい。僅かに案山子らしきものの指先が動いているのが見える。どういう状態かは分からないが、嫌な予感がする。その正体を考える前に足は動いていた。

 朝桐に向けて全速力で駆けて体当たりをする。彼は不意をつかれたようで軽く吹き飛び、転がる。それと同時に案山子に付いていた靄が晴れる。倒れ込んだ案山子の面を覗き込む。一瞬息を飲んだが、そんな状況ではない。意識があるか確かめなければ。

「おい、しっかりしろ、!!」

 彼は呼びかけに返答することはない。しかし、呼吸をしているところを見れば大事はなさそうである。防具には酷い凹みがあったが、該当部位に損傷も見られない。安全な場所に移動したいが、まずは朝桐をなんとかしなければ現状が変わることはなさそうだ。

 立ち上がる朝桐に鋸来を背にしながら対峙する。朝桐は何も言わず、俯いている。

「どういう事情か分からないが、話を聞かせてくれ」

 彼は竹刀を持っていない手で鋸来の方を指さす。

「邪魔すんな」

 身が凍るような殺気。咄嗟に足元の小手を拾い、左手に身につける。それとほぼ同時に朝桐が間合いを詰め、鋸来目掛けて、竹刀を振り下ろす。

 間一髪、身を呈してそれを防ぐ。小手に当たったとはいえ、凄まじい衝撃であった。痛みで声を漏らす。小手越しでこの威力なら、生身で受けるのは危険過ぎる。こちらを俯瞰する朝桐の顔には、鮮やかな薄紅をした5枚の花弁からなる花の刺青が浮き出ていた。

「うらぁ!!」

 自身を奮い立たせるために、怒鳴りながら朝桐の竹刀を腕で押し返す。偶然、左手が朝桐の刺青にかざされる。その瞬間、電源を落としたモニターの如く視界が暗転した。

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