【014】束の間の団欒

「いらっしゃいませー!」

 いつもの中華料理店は相変わらずの賑わいを見せていた。違う点といえば、背は高く、糸目の女性がいることだろうか。

「『リュウガ』さん、帰ってきてたんですね!」

「その声は辷ちゃん! いつもので良いの?」

「それでお願いします!」

 はーいという声とともに彼女は厨房の方へ消えていく。間もなく訪れる地獄に怯えながら、束の間の団欒だんらんを楽しむことにした。

「今日は本当にすまねえ。あいつ腕は本物なんだが、それゆえに剣道へのプライドも高くてな」

 角ノは頭を垂れる。どうやら相当手を焼いているらしい。

「それにあいつにはあいつなりにヤンキーたちへ恨みがあってな。まあ、今回は完全に朝桐への当てつけだが」

「そういえば、朝桐がヤンキーだって言ってましたがあれは?」

 二人は顔を曇らせる。

「ヤンキーというか、昔からアイツは孤立しがちでな。俺らと中学が同じだったんだが、地元のガラ悪ぃやつに絡まれてることも多かったんだよ」

「んで、朝桐は腕っぷしも強かったのが災いして、突っかかってくるやつを殴ってたらいつの間にかって感じだな。基本的に朝桐から喧嘩を売ることはなかったらしいが」

「それを見るに見兼ねた俺が剣道に引き込んだって訳だ! ガッツもありそうだったしな!」

 ガハハと笑う声は直接鼓膜を揺さぶっているかのようだ。隣に座る角ノさんは笑いながら片耳を塞いでいる。

「朝桐といえば、天鈴はあれから連絡はないのか?」

「はい、あれから全く音沙汰なく……」

 今はそっとしておこうということで、スマホに連絡を入れるだけ入れてここまで来たが、依然として返信はない。荷物も天鈴の分だけ部室に残っていたため、帰っていないのは確かだが。

「確かに天鈴は体格も恵まれているとは言えんが、彼の武器は瞬発力と観察眼だ。強引に力勝負に持ち込めば天鈴は弱いが、長期戦なら天鈴に軍配が上がるだろう。当の本人は気づいていないようだが」

 角ノさんは辷部長を見つめる。すると辷はニカッと笑う。

「よく気づいたな! だがアイツは恐らく自分で気づいた方が強くなるタイプだ。いつ開花するか楽しみだ!」

「お前がそう言うならそうなんだろうな。野暮なことは言わないことにするよ」

 角ノさんは静かに微笑む。どうやらこの二人には厚い信頼関係が築かれているようだ。

「辷ちゃーん、出来たよー! ほら、お食べ〜」

 先程の女性が大量の料理を運んでくる。美味しそうだが、やはりこの量は多すぎる気がする。ちらりと角ノさんの方を見ると目を輝かせていた。


 やっとの思いで食事を終えたところで、スマホが鳴る。電話をとると、聞き慣れ始めた声が聞こえてくる。

「やあ、葉凪くん。お取り込み中だったかな?」

 部長たちに一礼した後、席を外す。

「君は今どこにいるんだい?」

「今は学校近くの中華料理屋ですけど、何かありました?」

「そうか、なら一旦事務所まで来てくれ。詳しい話はそこでしよう」

 有無を言わさず、音声が途絶える。

「部長、角ノさん、すいません。急用できちゃって」

「そうか、俺らはしめにラーメン食ってくから気にせず向かっていいぞ!」

「角ノさん、ごちそうさまでした!」

 まだ食べるのかという驚きに触れることなく、店を出る。幸い事務所は店から近い。走ると支障をきたしそうだったため、早歩きで事務所に向かう。寂れた商店街を抜け、階段を上がり、扉に手をかける。中には未守と浅見がいた。

「遅いわよ、早くこっち来なさい」

 未守に誘われるがままにデスク前に足を運ぶ。浅見はこちらを見据えて一言。

「さあ、正念場が始まるよ」

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