【012】現実

 本校での練習試合当日、こちらには緊張が走っていた。相手は高校剣道の著名な大会に名を連ねるほどの有名校であり、その体格から、鍛え方が段違いであることははっきりしていた。

すべり、今日はよろしく」

角ノかどの、こちらこそよろしく頼む」

 部長同士で握手が交わされる。お互いが日々こなしている練習メニューを行い、実践的な試合形式に入る。部員をごちゃ混ぜにし、二チームに分けた一本先取の勝ち抜き戦。ただし、自分を含めた四月から始めた新入部員組は見学、サポートにまわされた。

 初戦、天鈴の試合相手は高校から剣道を始めた部員であった。天鈴と体格もさほど変わりない。朝桐とともに天鈴を激励し、送り出す。

 しかし、そこにあったのは痛烈な現実であった。相手に打ち込んだ竹刀は悠々と弾かれ、力比べでも呆気なく押し込まれる。

 終いには防ぎきれずに面を打ち込まれた。全く歯が立たない、それは素人目からしても明らかであった。試合後の一礼、彼は力強く拳を握り締めていた。

「天鈴……」

「ごめんね、朝桐くん。ちょっとお手洗い!」

 朝桐の言葉を遮るようにして天鈴が口を挟み、彼は剣道場を後にする。野暮だとは思ったが、心配であったため、着いて行くことにした。すると横を歩く天鈴が震え声で話し始めた。

「あはは、情けないよね。この中で剣道歴が長い方だっていうのに、為す術なくやられるちゃうなんてさ。しかも聞いたかい? 彼は昨年から始めたんだってね。本当に不甲斐ないよ……」

 自分より経験が浅い相手に一方的に打ち負かされた事実は、彼の今までの努力がたったの一年でうち崩される程度だという証明の他ならなかった。

「そんなこと……!」

 天鈴は首を横に振って言葉を遮る。

「良いんだ、葉凪くん。ずっと前から気づいていたんだ、僕に才能がないことを。ここが潮時なのかもしれない」

 力なく彼が微笑む。その決断が彼にとってどれだけ苦しいものかは想像に難くない。彼の瞳には涙が溜まっており、今にもこぼれだしそうである。

 心身ともにボロボロになった天鈴は一人にして欲しいと言葉を残し、疲弊した自身の身体を引きずるようにして遠くに消えていった。

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