【010】忠告

「つ、疲れたー!」

 辺りが暗くなっても練習は続いた。よくこんな練習を続けられるなと思うレベルで大変なものであった。

「はは、お疲れさま。これ飲む?」

 天鈴がくれたスポドリは渇いた喉に染みわたる。一方で部長と朝桐は未だ練習を続けている。

「あの二人、よく体力もつな」

「ホント化け物並みだよね、ずっと同じ練習してるはずなんだけどな……」

 体育座りで天鈴はうつむく。

「なあ、天鈴はなんで剣道を始めたんだ?」

「あー、僕こんなに華奢きゃしゃでしょ? だから小さい頃から、ちょっと、ね」

 含みのあるような言い方から、なんとなく察することはできた。だからこそ、触れていいのか少し躊躇われた。その空気を感じ取ったのか、天鈴が先に口を開く。

「多少なりとも鍛えたら変わるかなって思って、今に至るって感じかな。まあ、結果はこの通りだけど……」

「そんなことねえ! 今日だっていつもより速く走り終わったじゃねえか!」

 ニカッと笑った部長が天鈴の頭を雑に撫でる。天鈴の髪はぐちゃぐちゃだ。

「それに! やらずに後悔より!」

「やって後悔ですよね、もう何回も聞きましたよ」

 軽くため息を漏らしながら朝桐が言う。

「はい! ありがとうございます」

 天鈴の顔がほころぶ。いつものように部長が笑う。

「それはそれとして飯行こうぜ、飯! 腹減ってしょうがねえよ。奢ってやるからよ!」

 その言葉とほぼ同時に肩をがっしり捕まれ、ふと天鈴と朝桐の方を見ると、諦めを諭すような表情をされた。なので渋々着替え、4人で夕飯にすることにした。

「葉凪、覚悟しとけよ。まあまあな量が来るからな」

 移動中に朝桐がこっそりと耳打ちをしてくる。天鈴を見ると食事前とは思えないほど青ざめた顔をしている。それとは対照的に部長は今か今かと心待ちにしていた。


 三人と別れ、家に向かう。部長を除き、少し顔色が悪かったが大丈夫だろうか。かくいう自分も人の心配をしている場合ではない。あれだけの量の中華を食べ切った自分を褒めたいくらいだ。

 しかし、本当に彼らの中に元凶がいるのだろうか。快活な辷部長、引っ込み思案そうな天鈴、無口でどこか抜けている朝桐。彼らはなんの変哲もない、ただの高校生であるように感じた。階段を上がり、家の前に到着する。バッグを開き、鍵を開けようとする。

「貴方、剣道なんて興味あったの?」

 いきなり後方から声をかけられ、心臓が飛び出そうになる。勢いよく振り返ると口を抑え、笑いを堪えている未守の姿があった。

「この前といい、臆病さんなのね。」

「なんの用だよ、てか見てたのか?」

「見てたかなんてどうだって良いじゃない。それより忠告をしにきたの」

 未守から笑みが消える。その眼差しに思わず緊張が走る。

「私たちがしているのは夢を叶える慈善事業じゃない。言うなれば人の願いを打ち砕くそのものよ。そのことをゆめゆめ忘れないことね」

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