【009】理由

「いい打ち込みだ! もっと来い!!」

 竹刀の激しい衝突音を聞きながら、部長と朝桐の練習を眺めていた。

「全く隙がないな」

「あはは、朝桐くんも部長も上手だからね」

 かくいう自分は天鈴に手伝ってもらい、ストレッチをしていた。説明を受けた感じだと、準備運動、筋トレ、ランニング、打ち込み等々、一日でこなすメニューは初心者からは比較的多そうに見えたが、参加できそうなものだけで良いと言われた。

「天鈴はいつから剣道始めたんだ?」

「中学からかな。でも全然強くなれなくて……」

 天鈴は苦笑いをする。なんて返せば良いか分からず、つい口ごもってしまう。

「よし! じゃあ、走り込み行くぞ!」

「あっ、はい! じゃあ、葉凪くんも行こっか」

 四人で部室の外に出る。そして部長を先頭にランニングが始まった。距離は最低でも六キロは走るとのことだったが、話を訊くには絶好のチャンスであった。ややペースを速め、部長に話しかける。

「さっき札見たんですけど、部員って三人しかいないんですか?」

 それを聞き、彼は大きな声で笑う。

「そうなんだよ。先輩も引退しちまったし、去年頑張って声かけたがこいつらしか集まんなくてな! 昨年は転校した同級生がもう一人いたから何とかなったが、今年は二年以下の新入部員いないと廃部になっちまうんだよ」

 この高校は二年以下の部員が最低四人がいること、顧問が一人つくことを条件に部活を始めることができ、毎年五月の中頃に部活の存続手続き書類を提出する義務がある。

 裏を返せば、五月までに二年以下の部員が四人未満の場合、廃部になってしまうのだ。

「新入部員は来たんですか?」

「それがからっきしでな。だから次の大会でガッと良いとこ見せて新入部員を確保するって算段よ!」

「だからその分、練習がハードになって大変なんですけどね……」

 すぐ後ろで天鈴が息を荒げながら呟いた。


 そうこうしているうちに今日の目標の距離を走り終わる。最近運動していなかったからか少し堪えたが、部長と朝桐はピンピンしている。

 少し経ってから天鈴が到着する。

「よし、十分休憩したら次のメニューいくぞ!」

 そう言うと部長は部室の中に入っていき、朝桐は水道に向かう。

「天鈴大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫、いつものことだからさ。先に僕も部室戻ってるね」

 彼はよたよたしながら部室に入っていった。

 生憎自分は飲み物をもっていないため、水道に向かうと、そこには先客、朝桐の姿があった。

「えっと、朝桐だったか。結構体力あるんだな」

 水道にいた朝桐に声をかける。彼は動じることなく水を飲んでいる。気まずい空気が流れたため、自分も蛇口に手をかけようとした際に気づく。

「朝桐、それ飲みにくくないか……?」

 彼は手のひらで水を汲んで飲んでいる。しかも、律儀に蛇口を止めてから。

「こうすれば良くないか?」

 蛇口を上に向けて彼に見せる。はっとした顔をした後、確かにと聞こえた気がしたが触れないでおこう。

「葉凪だったか。お前、部活に入るのか?」

 蛇口を上に向けて、水を飲み終えた彼はそう尋ねてきた。正直無視されていると思ったため、少し驚いた。

「まだ考えてはいるかな、剣道は実際にやったことないからさ。そういえば朝桐はどうして剣道を始めたんだ?」

「まあ、大体お前と同じ感じだよ。部長に強引に、な」

 そう言い、彼は去っていった。無表情の彼が微笑んでいるように見えたのも気のせいだったかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る