【006】決意

 夜の街路に照らされる道を彼女の背を見ながら歩いていた。かすかに残る震えはまだ治まりそうにない。

「どうせもう知っているでしょうけど、私の名前は"ミモリ"。"未"来に"守"るで『未守』。それで貴方、名前は?」

 葉凪、そう答える声にはまだ恐怖の色が残っていたらしい。彼女はそれを見透かす。

「あんなのただの雑魚よ。雑魚相手にその震えようじゃ、この先思いやられるわ」

 未守の鋭く冷たい視線にたじろいだ。

「それで、覚悟は決まったの?」

 言葉に詰まった。失われた記憶は本当に自身の身を危険に晒してまで手を伸ばす価値があるものなのか疑問に感じてしまったのだ。煮え切らない態度に痺れを切らした彼女は立ち止まり、口を開く。

「葉凪、貴方が何を望んでいるかは知らないけれど、今日のことを、私たちのことを忘れて日常に溶け込むなら今が分岐点よ」

 彼女はつかに手をかけ、引き抜いたと思えば切っ先をこちらに向ける。

「私、な人間は大嫌いなの。自分の選択に覚悟をもてないなら尚更。今、ここで手を引くなら浅見には私から伝えておくわ。きびすを返して帰ることね」

 先ほど怪物に向けられていた刀身は自分の首元に向いている。未守の真剣な眼差しは、その言葉は冗談の類でないことを示していた、だが。

「ありがとう、心配してくれて」

 未守は面を食らった様子を示す。その言葉には刺々しさはあった。しかし、怪物と接敵した際の明確な殺意のようなものは感じ取れなかった。……まあ、勘違いかもしれないが。

 その言葉を聞いた彼女はため息をつきながら矛を納める。

「調子狂うわね…… まあ、でもさっきよりはマシな顔になったわね。じゃあ、行きましょうか」


 夜風に吹かれ、棚引く桜を横目に彼女の左側を歩く。

 失われた記憶に価値があるかは分からない。もしかしたら己が手で意図的に鍵をしたパンドラの箱なのかもしれない。それでも、記録にしかない家族の温もりに、友の笑顔に、もう一度触れたいと思ったのはきっと間違いなんかじゃないはずだ。

 ポケットに突っ込んだ手を強く握りしめた。

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