【004】NoX

「願い……ですか?」

 その問いかけに対し、一瞬戸惑ったが、ここに来た理由は一つに決まっている。

「記憶を取り戻したいです」

 そう言うと浅見はぐっと顔を近づけてきた。なるほど、なるほどと言葉を零しながらじっと見つめてくる。気まずいなと思った頃には元の姿勢に直っていた。

「こうしてちゃんと見れば分かるかと思ったけど、うん、やはり分からないな」

 そう言って浅見は声を出して笑っていた。

「あ、あの、自分にも分かるように説明して頂けますか?」

「ああ、失礼。じゃあ今度はこっちを見てくれ」

 浅見はタブレットを別の画面に切り替えた。画面には何人かの人間の姿があり、そこに先ほどの少女の姿もある。

「なにか気になる点はあるかい?」

 目を凝らして画面を見る。特に違和感などはない。――先ほど彼女に会っていなければそう感じていただろう。画像をよく見ないと気づかない程度の些細な違い。

 「この人はさっき玄関で会った人ですよね? さっきは腕に"刺青いれずみ"なんて見えなかったですけど」

 違和感を感じた箇所、そこは腕であった。

 数刻前に顔を会わせた少女の腕には何もなかった。しかし、画面に写っている少女の腕には真っ赤な花柄の刺青がある。よく見ると他の人間にも色や場所こそ様々だが、似た模様の刺青がある。

「願いをもち、周囲、あるいは己を歪ませる能力、『Desire』を発動する際は総じてこの刺青が現れる。その色の濃さは"願い"の大きさ、意志の強さと比例する。そして、このような人間が現れた始めたのが」

 三年前の八月三十一日だと、浅見は真剣な眼差しで言った。

「それと、この力を有する人間は特徴的な波長をもっていてね、さっきのグラフもそないれを観測したものなんだ。それを辿って君に声をかけたといった具合さ」

 突拍子のない話に呆気あっけを取られながらも、ゆっくりと内容を咀嚼そしゃくしていく。自分の記憶の空白、それは『Desire』とやらが関係しているらしい。では、仮にそれが本当だったとしたら。

「記憶喪失以前の自分が記憶を失うことを願ったということですか?」

 浅見は苦い顔をする。

「正直言って真実がどうかはわからない。ただ、君の記憶はこれが関係している可能性が高いとは言える」

 浅見はタブレットを軽く叩く。

「じゃあ、記憶を取り戻す方法はあるんですか……?」

 浅見はその言葉を待っていたかのごとく、嬉々として口を開く。

「ああ、もちろん」

 浅見は立ち上がり、窓を開ける。

「ここは歪んだ願いを持つ者が、世界に影響を与えないように、その願いを幻に帰すための組織『NoX』。その手のことなら僕らはプロフェッショナルだよ」

 夕日が目に刺さる。窓の外には雨上がりの綺麗な景色が広がっている。

 にわかには信じ難い話だ、タチの悪い冗談かもしれない。でも、もし本当なら? 記憶の手がかりを掴めるとしたら?

「もし、記憶を取り戻したいならばここに身を置くといい。多少の危険は伴うけれど、僕は君を歓迎するよ」

 それでも、何もしないことでうずく身体を抑えられるのであれば――

 そんなことを思いながら、浅見が差し出す手を静かに握りしめた。

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